にっこうふたらさんじんじゃ
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楽しみ方日光二荒山神社のお参りの記録一覧
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今市エリアをあとにして、世界遺産の日光エリアへ。

日光の社寺の玄関ともいえる美しい橋を眺めながら。。この場所は標高600mです。
東京スカイツリー(634m)とほぼ同じくらいになるのでしょうか。。
さすがに、都内でも30℃越えでも、ここ日光は涼しく感じます。

書置きをいただきました。


二荒山神社は大変歴史が古く、第十代崇神天皇の御代に遡ります。当社は何度も火災にあい、近世に入ってからも天正13 年、安永2 年、天保3 年、更に明治維新の戊辰の役と4度もあって古い記録のほとんどが焼失しています。現在残っている社記には、第16 代仁徳天皇の御代に毛野国が上下の二国に分けられ、御祭神豊城入彦命の四世孫奈良別王が下毛野国の国造に任ぜられます。この時、祖神である豊城入彦命を荒尾崎(下之宮)に祀ったのが始まりで、その後承和5 年(838)に現在の地、臼ケ峰に遷座されたと伝えられています。
延長5 年(927)に政治のよりどころとして完成した延喜式・神名帳には「下野國河内郡一座大 二荒山神社 名神大」と記載があります。栃木県内唯一の名神大社として「お明神さま」「ふたあらさん」の名で広く親しまれ、篤く崇められてきました。平安から鎌倉時代には各々の国で最も格式が高いとされる神社を一之宮としました。二荒山神社もまた「下野国一之宮」とよばれ、宇都宮という地名はこのイチノミヤが訛ってウツノミヤになったという一説があります。
宇都宮はこの二荒山神社を中心に、平安・鎌倉時代には神社の門前町として発展し、江戸時代には城下町として繁栄しました。 北関東の経済・文化の中心都市として発展した現在でも、 お正月や七五三など暮らしの節目にたくさんの市民が参拝に訪れます。



767年に下野国の僧・勝道上人が男体山(二荒山)の神を祀る祠を建てたことに始まる(現在の本宮神社)。その別当寺が前年に建立された紫雲立寺(現在の輪王寺)である。
782年には二荒山山頂に奥宮を建立。
鎌倉時代には源頼朝や源実朝が信仰して繁栄したが、戦国時代に日光の衆徒が後北条氏に加勢したことで、豊臣秀吉に領地を没収されて没落。
江戸時代になって天台宗の僧天海によって徳川家康の祀る東照社(日光東照宮)が創建されると江戸幕府の庇護を受けて再び繁栄した。
正式名称は「二荒山神社」であるが、宇都宮市の二荒山神社(宇都宮二荒山神社)との区別のために地名を付して「日光二荒山神社」と称される。古くは「日光三社権現」と称された。
二荒山神社の境内は東照宮、輪王寺の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。




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