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にっこうふたらさんじんじゃ

日光二荒山神社のお参りの記録一覧
栃木県 東武日光駅

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惣一郎
惣一郎
2021年09月22日(水)1269投稿

日光二荒山神社(にっこう・ふたらさん~)は、栃木県日光市にある神社。式内社(名神大)論社で、下野国一之宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は、二荒山大神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命(あじすきたかひこね)の総称)。正式名称は「二荒山神社」、古くは「日光三社権現」と称された。当社境内は東照宮、輪王寺の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。本社社殿、神輿舎および神輿、銅燈籠が国指定の重要文化財。

創建は奈良時代の767年、下野国の僧・勝道上人が二荒山(男体山)の神を祀る祠を建てたことに始まる(現在、別宮となっている本宮神社)。782年には二荒山山頂に奥宮を建て、以後、二荒修験の基礎となり、神仏習合の霊場として発展した。また空海が訪れた際、女体山の神を祀る滝尾神社を創建。その後、二荒山の神を本宮神社から少し離れた地に移して社殿を建て、本宮神社には新たに御子神である太郎山の神を祀ったことで、新社殿が現在の本社、元の本宮神社、空海の滝尾神社の3社体制となり、総称して「日光三社」と呼ばれることとなった。

平安時代の『日本三代実録』には、836年に神階奉授、以後869年まで神階昇叙の記載がある。また、927年に編纂された『延喜式神名帳』には「下野国 河内郡 二荒山神社 名神大」と記載され、当社はその論社となっている。もう一つの論社は、栃木県宇都宮市の宇都宮二荒山神社。なお、両社は祭神や社名の由来が全く異なるため、まったく別の神社とされる。
鎌倉時代には、山岳信仰の最盛期を迎えるが、戦国時代には豊臣秀吉に領地を没収され衰微する。江戸時代になって、徳川家康の側近で日光山貫主になっていた天台宗の僧・天海(慈眼大師)により、徳川家康を祀る東照社(日光東照宮)が江戸幕府により創建されると、当社も江戸幕府、朝廷、諸大名、民衆から篤い崇敬を受けることとなった。明治時代に入ると、宇都宮二荒山神社に加えて、国幣中社に追加列格した。

当社は、「日光山内」の最奥部、西奥にあり、最寄りの東武日光線の終点・東武日光駅の西北西2.5kmの山裾にある。社殿から1km離れた、国道122号線沿いの大谷川に架かる<神橋>も当社のもの。<神橋>からは、東照宮と輪王寺の間を通る旧日光街道を歩くと到着する。煌びやかで大きな社殿、周りを覆う高い木々、由緒ある摂末社と、いかにも大社らしい見どころがいっぱい。当社だけでも観光客を惹きつけるが、近隣には東照宮や輪王寺もあるので、寺社仏閣に興味がない人でも存分に楽しむことができる。

今回は、初めての下野國(≒栃木県)の神社参拝といことで、まずは下野国専用御朱印帳を調達するために、下野国一之宮である当社に参拝した。参拝時は、秋の連休中の午前中で、当社に限らず日光山内は観光客でごった返していた。

日光二荒山神社の鳥居

入口の<大鳥居>と<社号標>。写真外左手には<日光山輪王寺・大猷院>などの伽藍が立ち並ぶ。鳥居の右側の坂道を上がると当社駐車場。

日光二荒山神社の鳥居

大鳥居には<二荒山神社>と書かれた扁額が掛かる。鳥居をくぐるとなだらかに登る階段。写真で鳥居の右側に見える太い木は<縁結びの御神木>と呼ばれる杉の巨木。

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