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佐野あかぎじんじゃ

佐野赤城神社

公式栃木県 佐野市駅

授与所 御朱印
午前9時~12時
午前1時~5時
(外祭等で不在時あり)

投稿する
0283-24-0503

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について
御朱印
あり

毎月変わる「幸せのかぎしっぽ御朱印」

限定
あり
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

元保育園園庭に8台程度
鳥居奥に5台程度

ご利益

佐野赤城神社について

社殿正面上部に龍などの彫刻、社殿裏にみざる、きかざる、いわざるの絵があります。佐野市の文化財になっている神鈴は天明鋳物の鈴としては最古の物です。
藤原秀郷公が武具を納めたとされる四ッ塚のある鎮守の森に、戦時中、司馬遼太郎さんが所属していた部隊が戦車を隠していました。
境内には猫が居ます。気が向くと接待してくれますよ。車でお越しの際は猫達に注意してくださいね。

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ももた
2019年03月03日(日)
35投稿

創建不詳。『彦狭島王命』は豊城入彦命の孫にあたり、景行天皇から東山道一五国都督に任命されましたが、景行天皇13年(113)に東征の途中で病死してしまい、その遺骸を引き取り祀ったのが始まりで、
天慶8年(945)に遷宮した際に群馬県前橋市富士見町の赤城神社を勧請し、その時に社名を狭島から赤城明神に改めたそうです。

藤原秀郷が平将門の乱を平定したあとに武具を奉納したと伝わり、社殿奥の「四ツ塚」という所に「具足山・白旗山・幕山・差物山」などの地名が残っていて、また日本武尊が東征の際、この地に一泊したとも伝わっています。

鳥居は高さ405cm、周囲151cm。天明の鋳物師、丸山善太郎毎昭と同甚太郎易親によって明和6年(1769)に造られた銅造鳥居です。(市指定文化財)

そして天明鋳物で作られた明和8年製(1771)の天明鋳物銅製神鈴が拝殿前にあります。(市指定文化財)この鈴は、鈴の中に鈴がある二重構造になっていています。
現存する天明鋳物製鈴は全国的にも稀少で、中でも最大最古の作品とのことです。実際に振ることができます。

戦時中には終戦末期の昭和20年に、佐野市内の国民学校や寺社に関東軍の戦車連隊が配属になり、本土決戦に備えて、この神社にも戦車12輛、装甲車3輛が隠蔽されていたそうです。
その中の第3部隊の小隊長、福田定一少尉が作家の司馬遼太郎さんだそうです。その為に司馬さんの作品には佐野市がたびたび登場するとか

御朱印は社務所(ご自宅)の呼び鈴を鳴らして頂く事が出来ます。

佐野赤城神社の鳥居

銅造鳥居

佐野赤城神社の建物その他佐野赤城神社の建物その他

天明鋳物銅製神鈴

佐野赤城神社の本殿佐野赤城神社の建物その他
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歴史

景行天皇55年、彦狭島王命が国に帰る途中で病に倒れた事を悲しんだ民が屍を伊保野の郷に奉葬し、狭島大明神と称して崇敬した。
その後、田原藤太秀郷公が、平将門公討伐を祈願し、見事成就した事により祠の再建を命じ、945年に竣工した。
上毛野の赤城神社より日本武命を勧請合祀し、狭島を改め赤城大明神と号し、上毛野の宮を上の宮、当社を下の宮と称した。(現在も鎮座地周辺地域を下の宮と称す)
1706年2月に正一位を賜る。
江戸時代中期、稲荷信仰で庶民の崇敬を集めた時期があり、鳥居柱下に稲荷の文様がある。
現在の社殿は文化文政時代に12年掛けて造られたものである。

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佐野赤城神社の基本情報

住所栃木県佐野市植下町430
行き方

東武佐野市駅より南に徒歩15分
東北道佐野ICより車で5分

アクセスを詳しく見る
名称佐野赤城神社
読み方佐野あかぎじんじゃ
通称あかぎ様
参拝時間

授与所 御朱印
午前9時~12時
午前1時~5時
(外祭等で不在時あり)

参拝にかかる時間

約5分

参拝料

なし

トイレ社務所にお声がけください
御朱印あり

毎月変わる「幸せのかぎしっぽ御朱印」

限定御朱印あり
御朱印帳なし
電話番号0283-24-0503
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
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絵馬あり
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詳細情報

ご祭神《主》彦狭島王命,日本武命
創建時代945年
本殿流造銅板造
文化財

天明鋳物 青銅鳥居
天明鋳物 神鈴

ご由緒

景行天皇55年、彦狭島王命が国に帰る途中で病に倒れた事を悲しんだ民が屍を伊保野の郷に奉葬し、狭島大明神と称して崇敬した。
その後、田原藤太秀郷公が、平将門公討伐を祈願し、見事成就した事により祠の再建を命じ、945年に竣工した。
上毛野の赤城神社より日本武命を勧請合祀し、狭島を改め赤城大明神と号し、上毛野の宮を上の宮、当社を下の宮と称した。(現在も鎮座地周辺地域を下の宮と称す)
1706年2月に正一位を賜る。
江戸時代中期、稲荷信仰で庶民の崇敬を集めた時期があり、鳥居柱下に稲荷の文様がある。
現在の社殿は文化文政時代に12年掛けて造られたものである。

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