ひよしとうしょうぐう
日吉東照宮のお参りの記録一覧
期待が膨らむ日吉大社の前に参拝。日吉大社の境外末社、天海により元和9年(1623)に東照宮の雛型として創建された。現社殿は寛永11年(1634年)に再建されたものです。社殿は極彩色に彩られていますが、結構色褪せはげかかっています。重要文化財を維持するのも大変ですね。せっかく来たので拝殿内に拝観料を支払い入場。石の間も見ることができました。御祭神は 徳川家康、日吉大神、摩多羅神の三柱を祀っています。
参道
毘沙門天王戒蔵院
鳥居
灯籠
急な石段、社務所の方に危ないから使わないようにとアドバイスされました
唐門と透塀
唐門(重要文化財)
拝殿(重要文化財)
石の間(重要文化財)
本殿(重要文化財)
透塀(重要文化財)
境内からの眺望
1623年南光坊天海により創建された。
日光東照宮再建の直前に造営されていることから、日光東照宮は日吉東照宮をモデルに建築されたと考えられる。
徳川家光が天海僧正に命じて考案させた権現作り(拝殿と本殿の間に一段低い石の間を設け、祭典奉仕者が拝殿にいる将軍に背を向けて奉仕しても非礼にあたらないようにする)の発祥とされる。
創建以来延暦寺の末寺であったが、明治の神仏分離で日吉大社の末社となっている。
現社の社殿は1634年の再建で、唐門・透塀・拝殿・石の間・本殿が重文指定されている。
拝殿
唐門・透塀
唐門・透塀
拝殿
本殿
拝殿
石の間
本殿
本殿
本殿
本殿
石の間
拝殿
拝殿
石の間
本殿
石の間
本殿
拝殿
【近江國 古社巡り】
日吉東照宮(ひよし・とうしょうぐう)は、滋賀県大津市坂本にある、日吉大社の境外末社。祭神は徳川家康公、日吉大神、摩多羅神。本殿、石の間、拝殿、唐門、透塀は国指定の重要文化財。
創建は江戸時代初期の1623年に、天海大僧正により東照宮の雛型として、延暦寺の末寺の位置付けで創建。現社殿は1634年に再建されたものだが、同年秋には日光東照宮の社殿の改築(寛永の大造替)が開始されている。社殿の建築様式は権現造で、権現造の発祥とされている。明治時代に入り、神仏分離令により、1876年に延暦寺の元を離れ、日吉大社の末社となった。
当社は、京阪石山坂本線・坂本比叡山口駅の西南西600mの小高い場所にある。日吉大社の南側に位置し、比叡山坂本ケーブルのりば付近にあり、境内東側は県道47号線(伊香立浜大津線)に面している。社殿付近からは、琵琶湖まで一直線に道(下り坂)が伸びているため、琵琶湖の景色が綺麗に一望できる。そこそこ広い社殿周りの境内地は、透塀に囲われた本殿と社務所以外に建物はなくシンプル。ただ、透塀に囲われた本殿の構成要素はすべて国指定の重要文化財なので見応えはある。やはり日光東照宮のベースになったとされる本殿は、本来的な色彩の華やかさと、ほど色の良い褪せ具合で良い雰囲気。場所が分かりにくく、参拝者が少ないのはもったいない感じ。
今回は、日吉大社の境外末社であることから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、自分以外に参拝者はいなかった。
境内東端入口全景。県道47号線(伊香立浜大津線)沿いにある。
分かりやすい鳥居や社号標は見えないので、知らないと通り過ぎてしまう。(^_^;)
階段をしばらく上ったところにある<鳥居>。
階段を登り切ったところから眺め。奥の境内目一杯に社殿が建っている。
見える部分では、<唐門>、<透塀>、<拝殿>が江戸時代初期の造営で、いずれも国指定の重要文化財。
拝殿に向かって右手にある<社務所>。建物左側にに小さな<手水>がある。
社務所は無人のようで、御朱印は日吉大社・西本宮の社務所にて拝受。
<唐門>正面。漆塗り・極彩色の彫刻で装飾されている。
唐門の隙間から内部の<拝殿>を覗く。
漆塗り・極彩色の彫刻が美しい<拝殿>。社殿は、1634年に本殿と拝殿を石の間で連結する<権現造>の様式で改築。権現造の発祥とされ、日光東照宮の原型とされる。
唐破風部分のアップ。煌びやか。(o^―^o)
唐門から振り返って<境内>全景。
桜の古木。
透塀の隙間から<社殿>。
横から見た<社殿>。
少し離れると、屋根の下の極彩色の装飾まで見える。
遠くに見える琵琶湖の眺め。(^▽^)/
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