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むさしにのみや かなさなじんじゃ

武蔵二宮 金鑚神社

公式埼玉県 丹荘駅

9:00~16:00(社務所・御祈祷受付)

投稿する
0495-77-4537

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

現在の御朱印・御朱印帳

御朱印

500円
初穂料

御朱印の頒布を行っております。
社務所の開いている時間帯にお越しください。
※画像はいただける御朱印の例です。書式は異なる場合があります。

御朱印帳

1200円
初穂料

表紙は神体山と龍神です。
当社には龍神伝説があり、毎年5月の辰の日に、水口祭という神事が行われています。

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氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

参道途中にあり(5台程度)

ご利益

武蔵二宮 金鑚神社について

山を御神体とする「神奈備」形式の神社


金鑚神社は大きな神社では珍しく、「御室山」という山を御神体とした神社です。
本殿はなく、拝殿と御神体山に続く中門があります。
御嶽山に続く広大な境内で、のびのびと参拝できます。

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惣一郎
2021年11月30日(火)
1043投稿

金鑚神社(かなさな~)は、埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮にある神社。式内社(名神大)で、旧社格は官幣中社。武蔵國二之宮(論社)。現在は神社本庁の別表神社。主祭神は天照大神、素戔嗚尊、配祀神は日本武尊。当社は拝殿のみを有し、神体山を直接拝する古代祭祀の形式を有する。旧官幣社・国幣社でこの形式をとるのは、当社以外には諏訪大社(長野県)と大神神社(奈良県)のみ。

社伝によると、日本武尊が東征の際に伊勢神宮にて叔母の倭姫命から授けられた草薙剣と火鑚石(火打石)のうち、火鑚石を当社背後の御室山に御霊代として納め、天照大神と素戔嗚尊を祀ったのが始まり。平安時代の801年には坂上田村麻呂が蝦夷征討に向かう途中で当社に参詣し戦勝祈願をした。国史の初見は『日本三代実録』で862年に「金佐奈神」の神階奉授、官社に列し、同年神階昇叙の記載がある。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「武蔵國 児玉郡 金佐奈神社 名神大」に比定されている。また、武蔵国二之宮と称され、当地の地名も「児玉郡神川村二の宮」となっているが、通説では武蔵国二之宮は二宮神社(東京都あきる野市二宮)とされているほか、大國魂神社(東京都府中市)では西殿に五之宮として祀られ、同社の例祭・くらやみ祭りでは、当社は武蔵国五之宮として現在でも参加している。平安時代後期には、源義家が奥州征伐にあたり戦勝祈願に訪れている。
鎌倉時代には、武蔵七党の一つ、児玉党の尊信が篤く、近郷二十二カ村の総鎮守として祀られた。江戸時代になると、徳川幕府から朱印地30石を下賜され、別当の一乗院とともに栄えた。明治時代の近代社格制度の下では、国幣中社に列格した。

当社は、JR八高線・丹荘駅の南西5kmの、国道462号線沿いの山の麓にある。国道沿いに大きな鳥居があり、200mほど登った場所に駐車場があり、さらに徒歩で100mなだらかな坂道を進むと社殿がある。自然あふれる広々とした境内は神仏混淆の時代の名残りが感じられ、入口付近にある多宝塔が国指定の重要文化財であったりする。また、本殿を持たない珍しい祭祀形態も興味深い。

今回は、武蔵國の式内社(名神大)、旧官幣中社、武蔵国二之宮、別表神社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中で、七五三の時期ということもあり、家族連れや夫婦連れ、登山に来ている人(当社は登山口にもなっているので)、神社好きおひとり様など、参拝者は割と多くいた。

武蔵二宮 金鑚神社の鳥居

国道沿いにある<一の鳥居>と<社号標>。 ※美しい紅葉は2020年のもの。2021年はこれからかも。

武蔵二宮 金鑚神社の鳥居

参道を少し進むと<二の鳥居>。クルマやバイクは左側をしばらく進むと駐車場がある。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

駐車場から見た<参道>。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

参道右側の高い場所には、国の重要文化財に指定されている<多宝塔>がある。戦国時代の1534年に、近隣の阿保郷丹荘の豪族・阿保弾正全隆が寄進したもの。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

参道をさらに進むと、銀杏の黄色が溢れているエリアに入る。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

こちらが、銀杏のじゅうたん。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

参道が緩やかに右に曲がって登って行くと、右側に<社務所>が現れる。

武蔵二宮 金鑚神社の鳥居

社務所前を通り過ぎると、社殿に向かう手前に<神橋>がある。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

神橋の先にある<三の鳥居>。神域の入口になっている。

武蔵二宮 金鑚神社の手水

鳥居をくぐって進み、左側にある重厚な<手水舎>。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

参道の突き当りにある<神楽殿>。

武蔵二宮 金鑚神社の本殿

神楽殿の手前で右を向くと、階段の上に東面して建つ<拝殿>がある。

武蔵二宮 金鑚神社の本殿

<拝殿>全景。落ち着いた雰囲気のシックな外観。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

<拝殿>正面。扁額は掛かっていない。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

拝殿の右側の建物群。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

拝殿に向かって右後ろにある、<御神木>と思しき大銀杏。

武蔵二宮 金鑚神社の本殿

<社殿>全景。拝殿右側には昇殿祈祷の階段がある。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

当社では山自体が御神体なので、<本殿>はないはずだが、拝殿の後ろにはこの建物が立っている。門と塀だけかな。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

拝殿前から、拝殿の左側を望む。紅葉がきれい。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

拝殿の左側の敷地にある境内社群。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

拝殿の左側の敷地には、動物捕獲用の檻らしきものがある。見れば「イノシシ捕獲用の箱わな」らしい。(^_^;)

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

さらに奥に進むと、ハイキングコースの登山口になっていて、当社<奥宮>や特別天然記念物の<鏡石>などがある。今日は時間がないのでパス。

武蔵二宮 金鑚神社の末社

こちらが拝殿左側敷地の境内社群。

武蔵二宮 金鑚神社の本殿

あらためて<社殿>全景。

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

七五三の昇殿祈祷をしていた家族が、拝殿前に出てきて記念撮影をしている。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

帰路につき、神橋付近の景色。赤・黄・緑のコントラストが美しい。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

最後に<社務所>。御朱印はこちら。(^▽^)/

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サンダー
2021年12月19日(日)
1083投稿

藤岡周辺、神社巡り⑤
山名八幡宮の参拝を終え、高崎神社へ行く予定でしたが、思いのほかというより案の定時間がかかり、帰路の途中以前から気になっていましたかな沙な神社に寄りました。本日はこれで打ち止め。大宮の氷川神社を一宮とする時代の二宮とされる。多摩の小野神社を一宮とする場合は五宮のなるといわれています。国道462号に面して一の鳥居がそびえたち、鳥居の先に車を進めなだらかな坂を上って二の鳥居も過ぎて駐車場に到着。山全体がご神域の為ずっと坂ですが沙ほぞの勾配ではありませんが日が当たらない時間は寒い!途中、国の重要文化財の多宝塔がありますがちょっとだけ見て先に進みます。社殿等は私好みの渋い感じ、華美さはないが凛としていてパワーをもらえるような気がします。正月には多くの参拝者が訪れるのでしょうが、本日は数組のみ。午後1時過ぎにもかかわらず、手水舎の水が凍っていました。こちらは本殿はなく背後の山の御室ヶ嶽がご神体になります。城跡のある御嶽山へ登ると奥宮や特別天然記念物の鏡石などがありますが、1時間ほどの行程なので時間的、体力的に無理と判断して本年最後の神社参拝としました。御朱印は買い置きで戴きました。御朱印帳もそろそろほしかったのですが、サイズが通常サイズなので諦めました。今回は幸先参りではなくあくまでも通常の参拝です。年明けは初詣をした後、3が日を避けて熱海方面へ行く予定です。

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

社号標

武蔵二宮 金鑚神社の鳥居

一の鳥居

武蔵二宮 金鑚神社の鳥居

二の鳥居

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

緩やかな坂道の参道

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

多宝塔

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

常夜燈

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社の歴史

由緒書

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

義家橋 平安時代、奥州「前九年の役」追討出陣のとき「源 頼義・義家」が、この地に戦勝祈願し、この橋を架けたとされている

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

橋の下は川というよりも堀のようになっている、御室城の跡かと思います

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

三の鳥居

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社の手水

手水舎

武蔵二宮 金鑚神社の手水

午後1時半頃で水が凍っていました

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

神楽殿

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社の本殿

拝殿

武蔵二宮 金鑚神社の末社

境内社

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

この先ヘ登る気力、体力は有りませんでした

武蔵二宮 金鑚神社の建物その他武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社の建物その他

中門、本殿は無く、後ろの山が御神体

武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)武蔵二宮 金鑚神社(埼玉県)

神饌所

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授与品

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境内・文化財

社殿

金鑚神社は御神体が御室山という「神体山」です。そのため本殿が存在しないという、全国の神社を見ても特殊な造りとなっています。

金鑚神社の社殿は、以下の建立物で構成されています。

中門

この中門はその御室山の手前に建てられた、御神体との境界線の役割を果たしています。
大祭の日には、写真のように御扉が開扉します。

拝殿

鳥居をくぐり参道を抜けると向かって右手に拝殿が見えてきます。
外からお参りの際は、この拝殿の前からお参りをします。
御祈祷などの正式参拝は、こちらの建物内で行います。

手水舎

お参りの前に、こちらにて手をお清めください。

神楽殿

正月は、金鑚神社の周辺に伝わる「金鑚神楽」が舞われます。

社務所

御朱印の受付、授与品の頒布、御祈祷の受付を行っています。

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例祭・神事

元旦祭

1月1日

元始祭

1月3日

御筒粥神事

2月11日

小正月に行われる神事。二十四 種の作物の農作物等の作柄を占う。 占いの結果はその場で奉書に書き写され、すぐ神前に掲示され、氏子に授与される。
●二十四種の作物
早稲・中稲・晩稲・陸稲・大麦・ 小麦・栗・粟・豆・小豆・蕎麦・ 唐黍(とうきび)・胡麻・春蚕・秋 蚕・桑・芋・薩摩芋・大根・人参・ 牛旁(ごぼう)・菜・葱(ねぎ)・胡瓜 (きうり)・茄子

祈念祭・的行事

2月15日

春季皇霊祭

3月春分日

神武天皇遥拝式

4月3日

末社蚕影神社祭

4月17日

摂社元森神社祭

4月29日

大國魂神社遥拝式

5月

水口祭

5月上辰日

当社に伝わる龍神伝説に因んだ神事です。

熱田神宮遥拝式

6月20日

大祓式・氷川神社遥拝式

7月30日

秋季皇霊祭

9月秋分日

摂社元森神社秋尽祭

10月19日

金鑚神社の旧鎮座地に現在鎮座している元森神社。
秋のお祭りではそこから金鑚神社が遥拝されます。
金鑚の神を畏怖しながら村の安寧を祈願します。
氏子が「金鑚のお山はいいお山、あら美しいお山、あら木の生い茂るお山」と一同に唱えて神体山である御室山を拝みます。

新嘗祭

11月23日

火鑽祭

11月23日

火除けのお祭りです。
消防関係者の皆様が多く参列されます。

大祓式・除夜祭

12月30日

1年で溜まったの穢れを払い落とします。

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歴史

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が創建

創建は景行天皇41年(西暦112年)に遡ります。
日本武尊が東国遠征の折、倭姫尊(ヤマトヒメノミコト)より授けられた草薙剣とともに火打ち金を携え、それを御霊代として山中に納め、天照大神(アマテラスノオオミカミ)と素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀ったのが創始とされています。

その後、欽明天皇2年(西暦574年)に、その働きが称えられ日本武尊自身が合祀されました。
現在では、主祭神を天照大神と素戔嗚尊の二柱とし、配祀神を日本武尊としておまつりしています。

「金鑚神社(かなさなじんじゃ)」名称の由来

平安時代中期に編纂された格式である延喜式によると、当社は元々「金佐奈神社(かなさなじんじゃ)」とも呼ばれていました。

御室山の背後にある御嶽山で鉄銅が採掘されたことから、金砂で銅の産出を威霊として崇めたという言い伝えがあります。
その産出する砂鉄が昆虫の蛹(さなぎ)のような形の塊で「金さなぎ」が語源と伝えられているようです。

渡来人との関わり

金鑚神社周辺の地域には鉱山採掘の技術をもつ氏族が居住しており、主に渡来系の氏族であったとされています。

当神社の北方の台地はかつての大古墳集墳地帯であり、その古墳の形式が古代大陸諸国、主に高句麗や百済で広く行われた形式であったようです。
これらに葬られているのが、朝鮮半島からの帰化人であったといいます。

具体的には、高麗・新羅・百済の人々とされており、東国(関東地方や、東海地方、即ち今の静岡県から関東平野一帯と甲信地方)、あるいは武蔵国にはこうした亡命移民ともいうべき人々の姿が広く見られています。

日本書紀によれば、天智天皇5年(666年)に百済の男女2,000人あまりが東国に移り、13年(684年)には僧侶23人が武蔵国に配置、次いで持統天皇元年(687年)には新羅の僧侶22人が武蔵国に配置され、田と扶持米が与えられたといいます。
持統天皇4年(690年)には新羅の韓奈末許満ら12人を武蔵国に配置したそうです。こうして短期間の移住が認められるのは、武蔵国に未開の地がまだまだ多く、開拓を進めるためであったと推測されます。

例えば現在も、金鑚神社から少し離れた隣町(本庄市児玉町)に「金屋」と呼ばれる地域があります。この場所で金鑚神社付近の集団が採掘、生成した精銅を原料として、鉄製農具が製造されていたようです。

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武蔵二宮 金鑚神社の基本情報

住所埼玉県児玉郡神川町二ノ宮750
行き方

電車とバス
JR高崎線 本庄駅 または JR八高線 丹荘駅より、朝日バス(神泉総合支所ゆき)に乗車。 「新宿(しんしゅく)」バス停下車、徒歩20分。

駅から徒歩
JR八高線 児玉駅より 徒歩75分(6.3 Km)
JR八高線 丹荘駅より 徒歩60分(5.3 Km)

自動車
関越自動車道 本庄児玉インターより20分(10Km)

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名称武蔵二宮 金鑚神社
読み方むさしにのみや かなさなじんじゃ
通称武蔵二宮
参拝時間

9:00~16:00(社務所・御祈祷受付)

トイレ参道途中にあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0495-77-4537
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.kanasana.jp

詳細情報

ご祭神《主》天照大神,素盞嗚尊,《配》日本武尊
ご神体御室山
創建時代景行天皇41年
創始者日本武尊
本殿神籬造
文化財

多寶搭(国指定重要文化財)

ご由緒

日本武尊が火鑽金を御霊代として、天照大神,素盞嗚尊をお祀りしたのが初まりとされています。

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Wikipediaからの引用

概要
金鑚神社(かなさなじんじゃ、金鑽神社)は、埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮にある神社。式内社(名神大社)、武蔵国五宮(一説に二宮)。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
歴史
歴史[編集] 創建[編集] 社伝(『金鑚神社鎮座之由来記』)では、日本武尊が東征の際に伊勢神宮にて叔母の倭姫命から授けられた草薙剣と火鑽金(火打金)のうち、火鑽金を御室山に御霊代として納め、天照大神と素戔嗚尊を祀ったのが創建という[1]。また、元々の社殿は現社地の南約400メートルの地にある元森神社であるといい、古くはここから御室山が遥拝されたと考えられてる[1]。 社名「かなさな」の語源は「金砂」にあると考えられているように(「社名」節参照)、採鉱・製鉄集団によって祀られたのが当社の実際の創祀と見られている[1][2]。 概史[編集] 社伝によれば、延暦20年(801年)に坂上田村...Wikipediaで続きを読む
行事
祭事[編集] 金鑚神社で年間に行われる主な祭事は次の通り[1]。 福迎祭(1月3日) 筒粥神事(1月15日) 例祭(4月15日) 水口祭(5月辰日) 元森神社例祭(秋尽祭)(10月19日) 旧社地と伝える元森神社から御室山をほめる「山ぼめの神事」で、「カナサナのお山はよいお山、アラ美しい山、アラ木の生い茂る山」と3回唱え、柏手を打って遥拝を行う[2]。 火金鑚祭(11月23日) - 懸税神事を行う。 以上のほか、大國魂神社の例大祭(くらやみ祭)には当社も参加している。 ^ 引用エラー: 無効な タグです。「由緒書」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません ^...Wikipediaで続きを読む
引用元情報金鑚神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%87%91%E9%91%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=91223187

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