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しょうぼうじ|真言宗智山派巌殿山

正法寺
埼玉県 高坂駅

夏期:8:30-17:00
冬期:8:30-16:00

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

表参道:仁王門脇に無料駐車場あり
裏参道:看板脇に無料駐車場あり

巡礼

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2026年01月26日(月)511投稿

埼玉県 東松山市 に境内を構える、巌殿山 正法寺、岩殿観音の通称で知られる、坂東三十三観音霊場の歴史在る寺院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024.2に参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 巌殿山、寺号は 正法寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は阿弥陀如来、坂東三十三観音霊場 十番札所 岩殿観音 七観音霊場(千手観世音菩薩)日本百観音の一つ、寺伝では養老2年(718年)に沙門逸海が岩殿山の岩窟に観音像を安置し、傍らに正法庵と号した草庵を結んだのが始まりと伝わっている。ここ岩殿山はもとより神仙の地であり、諸天薩埵の住まう霊峰であった。ある時、諸国を巡り修行する高僧であった沙門逸海がこの岩殿山に立ち寄った。山中にて修行していた折に夢の中に観音菩薩が現れ、霊告を受けたという。この霊告によって諸国行脚の修行を止め、観音像を安置し傍らの庵で日夜修行に励んだ。鎌倉時代初期に源頼朝の命で比企能員が復興した。頼朝の妻北条政子の守り本尊だったと伝わっている。天正2年(1574年)に栄俊が中興開山となる。天正19年(1591年)に、徳川家康から寺領二十五石の朱印地を与えられる。岩殿観音にまつわる伝説「田村麻呂の悪竜退治」に詳しいが、平安の始めの頃の話であろうか、ここ岩殿の山に悪竜が住み着き、村人はほとほと困り果てていた。そこに蝦夷征伐へと向かう将軍坂上田村麻呂が通りがかり、岩殿観音の千手観音菩薩の霊力を授かることで、悪竜を見事討ち果たしたという。この霊験もあり、蝦夷征伐を終え、都へと戻った田村麻呂が岩殿観音の利益を伝えたという。これに深く感銘を受けた桓武天皇は、延暦15年(796年)に勅命によって岩殿観音に伽藍を建立せしめたと寺伝では伝わっている

正法寺の御朱印

坂東三十三観音霊場 十番札所 岩殿観音 七観音霊場(千手観世音菩薩)日本百観音の一つ

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歴史

真言宗智山派の寺院で、岩殿山修善院といい、また、岩殿寺ともいう。
源頼朝の命により、比企能員が復興した古刹であり、天正二年(1574)僧栄俊が中興開山となっている。天正十九年(1591)徳川家康より寺領二五石の朱印地を与えられた。
観音堂は養老年間(717〜724)僧逸海の創立と伝えられ、正法庵と称し、鎌倉時代に坂東十年の札所となった。千手観音が祀られており、西国三十三番、坂東三十三番、秩父三十四番とセットされる札所の一つ。源頼朝の妻、政子の守本尊として信仰が厚かったといわれている。仁王門の仁王は運慶の作といわれている。
当寺には、延暦十年(791)坂上田村麻呂が桓武天皇の勅命によって奥州征伐に向かう途中、この観音堂に通夜し悪龍を退治した伝説がある。
なお、正法寺には、県指定史跡の六面幢、県指定歴史資料の銅鐘、市指定歴史資料の鐘楼がある。

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正法寺の情報

住所埼玉県東松山市岩殿1229
行き方

表参道:東武東上線「高坂駅」より川越観光バス「物見山登山口バス停」下車、徒歩18分
裏参道:東武東上線「高坂駅」より川越観光バス「大東文化大学バス停」下車、徒歩2分

正法寺の基本情報

名称正法寺
読み方しょうぼうじ
通称岩殿観音
参拝時間

夏期:8:30-17:00
冬期:8:30-16:00

参拝料

なし

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0493-34-4156

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://iwadonosan-shoboji.org/
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巡礼の詳細情報

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来立像、千手観世音菩薩(ガイドブックより)
山号巌殿山
院号修善院・寳光院(宝光院)
宗旨・宗派真言宗智山派
創建時代養老二年(718年)沙門逸海という僧が崖を削って千手観音像を岩窟に安置し、庵を結んだのが始まり。
開山・開基逸海上人
文化財

六面幢、銅鐘、(県指定文化財)
鐘楼、算額、中世文書、阿弥陀三尊板石塔婆、阿弥陀一尊石塔婆、大銀杏(市指定文化財)

ご由緒

真言宗智山派の寺院で、岩殿山修善院といい、また、岩殿寺ともいう。
源頼朝の命により、比企能員が復興した古刹であり、天正二年(1574)僧栄俊が中興開山となっている。天正十九年(1591)徳川家康より寺領二五石の朱印地を与えられた。
観音堂は養老年間(717〜724)僧逸海の創立と伝えられ、正法庵と称し、鎌倉時代に坂東十年の札所となった。千手観音が祀られており、西国三十三番、坂東三十三番、秩父三十四番とセットされる札所の一つ。源頼朝の妻、政子の守本尊として信仰が厚かったといわれている。仁王門の仁王は運慶の作といわれている。
当寺には、延暦十年(791)坂上田村麻呂が桓武天皇の勅命によって奥州征伐に向かう途中、この観音堂に通夜し悪龍を退治した伝説がある。
なお、正法寺には、県指定史跡の六面幢、県指定歴史資料の銅鐘、市指定歴史資料の鐘楼がある。

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