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秩父市上影森に位置する、秩父三十四ヶ所観音霊場の第二十七番札所、龍河山 大渕寺を訪れました。
一歩境内へ入ると、そこには春の陽光を浴びてほぼ満開となった桜が、瑞々しい生命力とともに咲き誇っていました。特に、息を切らして登った一段高い観音堂(月影堂)から見下ろす桜の景観はまさに圧巻の一言。薄桃色の雲海が眼下に広がるような、息を呑むほどに美しい光景が広がっていました。
参拝時、ご住職からは「まだ満開ではないんだよ」という興味深いお話を伺いました。咲き始めは鮮やかなピンク色なのに、満開を迎えると不思議と白く変わっていくという桜の性質。自然が織りなすその繊細な移ろいに、春という季節の奥深さを改めて教わったような、心豊かなひとときとなりました。
拝受した御朱印には、中央に「観音殿」の文字が、紙面を突き抜けるような凄まじい迫力と、うねるような力強い筆致で堂々と記されています。お写真の通り、中央には大きな円形の朱印が鮮やかに押され、その存在感を際立たせています。右上には「秩父第二十七番」の印、左上には「令和八年 午歳総開帳」を祝う月と雲の雅な朱印が添えられ、桜の色の変化に思いを馳せた、素晴らしい参拝の証となりました。
観音堂からの絶景と、ご住職の温かなお話、そして力強い「観音殿」の墨跡に触れ、秩父霊場の春の美しさを存分に堪能する、大変実り豊かな一日となりました。



6月に訪れたましたが、白衣観音まで行こうと思いきや、熊が出たとの秩父鉄道の駅での情報で断念しました。
今回、橋立堂の御朱印をこちらでということになり、白衣観音像まで登りました。
今回は熊除け鈴を買ったことだし、いざ!!
弘法大師ゆかりの健康と長寿祈願の寺。 『その昔、宝明というお坊さんがこの地に来た時に、足の病気になり、動けなくなった。そこへたまたま秩父へ教えを広めにやってきていた弘法大師が、観音像を刻んで与え、お坊さんが熱心にこれを拝むと、足の病気が治った』その後、観音像をご本尊として祀ったのが大渕寺の創始でした。。。関東三大観音像の一、高さ16mの白衣観音真っ正面に、文字通り白く美しい、大きな観音様が!この観音像が建立された当時は戦争の真っ最中だったため、本来左手には蓮華をもつはずだったのですが、剣をもたされてしまったというエピソードがあります。そのため、「護国観音」という別名をもっています。高崎・大船と共に「関東三大観音像」の一つに数えられ、多くの参拝客に親しまれています。
来る時期を間違えてしまったらしい・・・まるで、テレビのドッキリの落とし穴?か!と思うような落葉で、足を踏み入れたらスポッと入り込んでしまう場所が幾つかあった。そして、かなり危険。滑り落ちたら秩父鉄道の線路に行きそうやーーー。
到着。正しい人が報われる世になりますように。。。と願うのであった。
落ち葉踏み 護国祈願し 聖観音
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大正8年(1919年)に蒸気機関車の煤煙が火もとで火災が発生し、本堂と月影堂(観音堂)が焼失した。本堂は火災後、大正11年(1922年)に再建された。
という、前情報を基に訪れたのであったが、この日は、14時半頃に御花畑駅をSLが通過する予定。西武秩父駅前の線路は混むであろうし、どこか良い場所は?と、そうそう、ここ大渕寺さんだ!
と、行ってみると、趣味が同じ者は考えることも同じ?
SL撮鉄駐車現金の立て看板が!!
みんなーーー!目的が違うぞーー。ここは札所巡礼地やでーー。
撮り鉄スポットじゃない。
そんな声を聴き、本来の目的に心を落ち着かせるのであった。
更に、月影堂から山を30分ほど登ると、高崎、大船と並ぶ、関東三大白衣観音の護国観音がある。
だが、しかあし!!
熊に注意!の張り紙多し。又、秩父市の熊目撃情報を見ると、影森辺りも多いらしいのだ。
しゃあない。熊除けの鈴をダイソーで買ってから行くか。

埼玉県 秩父市 上影森 に境内を構える、龍河山 大渕寺、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 龍河山、寺号は 大渕寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 聖観世音菩薩 (伝説では、弘法大師の作) 秩父札所三十四観音霊場 第二十七番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、創建年代は不明と在りますが、口伝によれば、その昔、諸国の霊場を行脚していた「宝明」という僧侶が この地で難病に伏して7年が経過していた。そこに 弘法大師空海 が立ち寄り、宝明のために 空海は、観音菩薩像を彫って与えた。宝明は空海作の観音像に祈願したところ、病気も快癒した。宝明はこれを私物化すべきでないとし、村人とともに観音像を安置する堂宇(観音堂)を建てたという。この伝説に従えば、平安時代初期に創建されたということになる、
当初、観音堂は現在の「護国観音」の辺りの山の上にあり、月影清らかということから、いつしか「月影堂」と呼ばれるようになり、幕末期にふもとに移された、
1919年(大正8年)、秩父鉄道の蒸気機関車から排出される火の粉で、当寺は全焼した。観音像は無事であったが、月影堂は再建されず、大正11年(1923年)に再建された本堂内に安置されることになった。1996年(平成8年)に月影堂は再建され、観音像も移されました。札所27番 龍河山 大渕寺(秩父市指定史跡 昭和40年1月25日指定)




令和4年5月 / 秩父1泊2日旅・1日目。
【護国観音(大渕寺)】から【札所二十七番 / 大渕寺】です。
【岩井堂】から琴平ハイキングコースで。
【大渕寺 / 月見堂(観音堂)】が見えた時には一安心。
結論:本当に無事で良かった❤️
納経所で御朱印を頂く際にいくつか質問を。
ルートはあの分岐からでOK。
岩井堂上の鋳造の大仏像等は札所とは関係が無いそうです。
(後で調べたところ、下手をすると反対の羊山公園方向だったかも。)
それと、あの辺りに住まわれている方は朝に散歩をする際、
【クマ避けの鈴】を付けラジオをかけて持ち歩いているそうです。
GW期間中にも横瀬(だったかと)目撃情報があったとか。
今回は山道を通らない予定だったので、鈴を持って来なかった事を
(今回では無く)後々、メチャクチャ後悔しました。
追加で。
平日だった事と曇りの天気予報だったからか。
そもそも【岩井堂】へ行くつもりの方がいらっしゃらないからかは分かりませんが、
【昭和電工】さんの工場内〜大渕寺の【月影堂】に至る迄、誰にも会いませんでした。
ここで何かあったら危険だなと。
クマもそうですが、足元は滑りにくい靴、動きやすい服装をお薦めします。
次は【橋立堂】へ向かいます。
※ちょっと気になっているのですが、【大渕寺】【大淵寺】
どちらなのでしょう?
今回、私がUPした写真でも両方の名前が使われています。
Googlemapやお寺の説明板は【大渕寺】
秩父三十四所霊場の公式HPや入口にある白い立札は【大淵寺】です。
今度、お寺に行った際にお聞きしたいと思います。

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