いわのうえどう|臨済宗南禅寺派|法王山
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楽しみ方岩之上堂のお参りの記録一覧
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西武秩父駅から小鹿野町に向かうバス路線沿いに入口がある。ここ、岩之上堂。行く前から不思議だなと思っていたのが、〇〇寺という呼称ではないことだ。
昔は、願成寺といわれ大きな本堂の寺であったが、永禄の兵乱により焼かれ、本尊は仮堂に安置された。その後、内田家の祖先が建造した。現在も内田家個人所有の観音堂である。堂内には、本尊「聖観世音菩薩」が安置されている。
近くに、国の文化財ともなっている内田家住宅があるのだが、この内田家であろうか?昔からの名主でもあり、蒔田あたりは内田農園など、内田という名字は多い。
敷地内には熊野神社がある。明治政府の神仏分離令もなんのその!お堂と神社と離れへんでえーー!という所は田舎に行くといくらでもあるのだ。私は、こういう場所が好きだ。
岩上に 聖観音覆う 芍薬よ
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埼玉県 秩父市 寺尾 に境内を構える、法王山 岩之上堂(いわのうえどう)2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で全国の寺社 霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 法王山、寺号 堂宇名は 岩之上堂、宗旨 宗派は 臨済宗 南禅寺派、ご本尊は 聖観世音菩薩 (伝 藤原時代の作)、秩父札所三十四観音霊場 第二十番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、
創建年代は不明である。応仁年間(1467年 - 1469年)の時点で、既に寺運衰微し、兵乱のために堂宇が廃れてしまい荒廃して、ただ本尊の聖観世音菩薩のみが岩の上でむき出しに安置されていた。当堂の「岩之上堂」の名称は、これに由来する。なお、当堂は現在「秩父札所 第20番札所」であるが、1488年(長享2年)の札所番付(長享番付)も20番である。番付が変わっていない札所は当堂のみである、
1703年(元禄16年)、内田家が堂守となって観音堂を再建、江戸時代初期に建立されたと推定され、その後、向拝や内陣、彫刻の補修が行われてきました、現在も所属宗派は臨済宗 南禅寺派であるが、僧侶ではなく内田家が管理している。このような例は他の札所ではみられない当堂の一大特徴である、札所20番 法王山 岩之上堂(秩父市指定史跡 昭和40年1月25日指定)


令和4年5月 / 秩父日帰り旅。
【札所十九番 / 龍石寺】から約0.8キロメートル【札所二十番 / 岩之上堂】です。
荒川河岸の崖の上に建っている為、この名前が付いたそうです。
個人的には1つ前の札所 / 龍石寺の方が、露出した岩の上に本堂がある為、イメージに会う気がしました。
札所八番 / 西善寺に続いて下る参道です。
結構あるのかしら?と思っていたら、
昔は、荒川の河川より石段を上って参拝していたそうです。
龍石寺 → 渡船場(荒川を舟で渡る)渡船場 → 岩之上堂 へ登る。と言う流れに、龍石寺にあった石段がすっきりと繋がりました。
驚いたのはこちらのお堂は個人所有の観音堂と言う事です。
昔は、願成寺と言うお寺で、永禄の兵乱によって焼かれた為、本尊は仮堂に安置されたそうです。
その後、内田家の祖先が建造したとか。
個人所有のお堂と言う事はどう言う事かな?と考えつつ観音堂裏の【熊野神社(熊野権現社)】へもお参りに。
その後【乳水場】と呼ばれる洞窟に乳水地蔵尊をお参りに行こうと探したのですが、現在は歩道が危険なため、非公開になっているそうです。
次は【観音寺】へ向かいます。
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