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楽しみ方百舌鳥八幡宮のお参りの記録一覧(4ページ目)

仁徳天皇陵より駅を境にして反対側にあります。
勿論、主祭神は応神天皇です。
温度はあったのですが、風の気持ちいい日でしたので、ここにも参拝者がいらっしゃいました。
アオサギが一羽いたんですよ、飛ぶことも無くトコトコあるいて境内に(笑)
3-4歳くらいの子供が弁天池の鯉に餌を放り投げていたんですよ。
それを見たアオサギ君、「私にも下さいませんかね~」と言わんがばかりに近づいて行った。
ほら、アオサギってそこそこ大きいでしょ?
このくらいの子供じゃ目線が一緒だったりするものですから、「きゃ~~~~」と言って逃げ出す(笑)
「え~~~?くれないんですか~~~?」と言って背を向けると恐る恐る子供が近づく。
それに気づいてアオサギがまた傍による。
再び「きゃ~~~~~」って(笑)
なかなか可愛い光景。
親御さんも笑っていらっしゃった。
このお宮さんはその昔は立派な社殿があったそうです。
しかし「大坂夏の陣」やら大空襲とかで疲弊し、現在のような社殿になったそうですが、この度世界遺産が決まり、修復を始めたようです。
こちらの扁額は大久保利通の書と聞いたのですが、今は中にしまわれているようです。
特別に展示されることもあるそうで、興味のある方は調べたのちに向かわれるのが良いのではないかと思われます。
こちらの由緒書きを頂いたのですが、「神功皇后のお心を受けて八幡大神のご神託を受け」とありましたが、神功皇后は配祀なんです。
創始者が神功皇后とありますが「欽明天皇の時代に、この地を万代(もず)と称し、ここに神社を創建してお祀りされたと伝えられている。」とありますので、神功皇后は仲哀天皇の奥様ですので14代天皇陛下の奥様です。で、欽明天皇は29代の天皇陛下なのでそのずっと後になります。
応神天皇は神功皇后のお子様にあたるんです。
実は応神天皇は別名、誉田別命(ほんだわけのみこと)とも言いますが、胎中天皇(はらのうちにましますすめらみこと)と言うお名前もあります。
つまり八幡様は母上である神功皇后のお腹にいる間に神様とされたという話もあるんです。
恐らく三韓征伐に妊娠中の神功皇后が出兵し、お腹の子のご加護で勝ち得たという話があるからでしょうね。
その所為で勝利の神となり源氏に敬われた。
源氏と言うか、その後の武士の守り神とされたんですね。














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