みなせじんぐう
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楽しみ方水無瀬神宮のお参りの記録一覧
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さくら
2022年07月07日(木)1777投稿

えべっさん
2022年05月06日(金)1743投稿

marco14450
2021年12月02日(木)291投稿

ジンジャー
2021年08月12日(木)1664投稿

ますみん
2021年07月12日(月)822投稿

ヒオメイカ
2021年05月18日(火)13投稿

ぬるかんぐう
2023年04月07日(金)344投稿

湯守りと妖怪
2021年01月30日(土)41投稿
宇治川・桂川・木津川を合流し淀川となる西岸に水無瀬神宮はあります。
この地はもと後鳥羽上皇が1199年ごろ造営した水無瀬離宮があったところ。承久の変(1221年)で鎌倉幕府・北条氏と争って敗れ隠岐に配流された、都に帰ることなく亡くなった。
死の直前に置分(国宝)の几帳面に連ねた文字上に両手で手印が押され、無念を滲ませながら上皇が崩御したのは13日後と言われています。
これを受け離宮内に御影堂を建て菩提を弔ったのが水無瀬神宮の始まりです。
明治初年まで水無瀬御影堂と言われていましたが、明治6年の官幣中社「水無瀬宮」、昭和14年に官幣大社「水無瀬神宮」と称しています。

神門 右柱に残る手形(網で保護)、文禄年間・石川五右衛門が宝刀を盗もうと境外に潜んで機会をうかがったが、神威に打たれて神門内に入れず改心の証として自分の手形を門に押して立ち去ったという話し。

拝殿 昭和4年に改築。旧内務省技師の角南隆氏の設計、昭和の神社建築を代表する拝殿と評価。
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