ほうあんじなんぼう|高野山真言宗|志宜山
法案寺南坊大阪府 近鉄日本橋駅
7:30~16:00
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楽しみ方

| 住所 | 大阪府大阪市中央区島之内2-10-14 |
|---|---|
| 行き方 |
| 名称 | 法案寺南坊 |
|---|---|
| 読み方 | ほうあんじなんぼう |
| 通称 | 日本橋聖天 |
| 参拝時間 | 7:30~16:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 06-6211-4585 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| 絵馬 | あり |
| ご本尊 | 大聖歓喜天 |
|---|---|
| 山号 | 志宜山 |
| 宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
| 創建時代 | 推古天皇の頃(593年 - 628年) |
| 開山・開基 | 聖徳太子 |
| 文化財 | 聖観音菩薩立像(重要文化財) |
| ご由緒 | 寺伝によれば、推古天皇の頃(593年 - 628年)に聖徳太子が志宜野(しぎの)(現・城東区鴫野(しぎの)の西側である法円坂の地)に法案寺を建立したという。建立した場所の地名から山号を「志宜山」とし、仏法弘通の公案をしたところから寺号を「法案寺」としたという。
明治時代に入り、神仏分離が行われると生玉神社と神宮寺は分離され、桜本坊は奈良県生駒市の円正寺に、遍照院・医王院は生玉寺町の青蓮寺に、新蔵院・観音院は上之宮町の正祐寺に、覚園院は生玉前町の宗恵院になった。地蔵院は生玉町の藤次寺に合併、曼荼羅院は生玉町の持明院に合併、持宝院は心斎橋筋の三津寺に合併された。法案寺も寺領を失うなかで当時の法案寺住職・栄達は本堂から聖観音と歓喜天を持ち出し、1879年(明治12年)に現在地である大阪市中央区島之内に寺基を移す。1883年(明治16年)6月に法案寺南坊として復興、再建したが、境内地は生玉町にあった頃と比べるとはるかに狭くなった。
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| ご利益 | |
| 体験 |
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