はせでら|真言宗豊山派総本山|豊山( ぶさん )
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楽しみ方長谷寺のお参りの記録一覧
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大和八木駅で電車(近鉄)を乗り換えた途端に、気持ちのスイッチが入るといいますか、"来た〜!"と
心が騒ぎます。🤭
長谷寺駅で下車。やはり観光シーズン、降りる人の数がいつもと違います。
長谷寺さんは、道明上人が天武天皇のために、「銅板法華説相図」を初瀬山西の岡に安置したことに始まるお寺さんです。686年(朱鳥(あかみどり)元年)。
後に徳道上人が聖武天皇の勅願により、ご本尊の十一面観世音菩薩を東の岡にお祀りになりました。
約一年振りのお参りですが、本堂舞台から眺めていたあの五重塔が幕に覆われていました。😯令和の大修復。令和10年3月31日完成予定とのことです。ちなみに今の五重塔は、昭和29年建立ということですから、70年ちょっと経っていたということですね。🤔
西国三十三所観音霊場 第8番札所
山号:豊山
宗派:真言宗豊山派
ご本尊:十一面観世音菩薩
創建:686年(朱鳥元年)

【奈良県 桜井市】(はせでら)
随分と久しぶりに長谷寺を参拝いたします。
言わずと知れた大寺ですので、画像も記述も控えさせていただきます。
長谷寺ならではの「登廊」は何とも美しい造りです。
境内社も伽藍も多く、見どころもいっぱいです。
カメラも大忙しだったかもしれません。
今回は、「十一面観世音菩薩」様に直接触れたいと思いつき参拝に至りました。
思っていたよりも随分と大きくて、見上げてしまいます。
(ずっと眺め続けたせいか、首の筋が・・・)
それにしても畏れ多くも直接触れられるとは有り難いことでした。
特別拝観時は、他にも「十二神将」像など、多くを拝観できます。
正午の「法螺貝」の知らせです。
法螺貝は数分間も続いています。
(かなりの肺活量が必要でしょう)
ちょうど「お役目」を終えたお坊さんに話ができました。
(まだ「ハーハー・ゼーゼー」の残る様子です。)
「古塔マニア」の自分としては、昭和の建立ですが五重塔も楽しみの一つです。
ところが・・・残念、現在修復中とのことで全く見ることはできません。
戦後初めて建造された檜皮葺の五重塔も老朽化が進んでいるようです。
(将来の「国宝」には保全も必要ですね。)
工事用のシートに浮かぶ塔を恨めし気に眺めていました。
やはりある程度の予測時間を随分オーバーしての参拝でした。
いつもこうなっちゃうんです。
いつになったら、「この癖」治るのでしょうか?
参拝希望していた他の寺社は「いつの日かの次回」に残す形となります。
毎回毎回の「エンドレス巡り」です。







「西国三十三所」第8番、「大和路秀麗八十八」、「奈良大和四寺」、「大和七福八宝」大黒天札所です。
創建は奈良時代で8世紀前半と推定されます。
686年に僧の道明が現在 本長谷寺が建てられている場所に天武天皇の銅板法華説相図(千仏多宝仏塔)を安置して[三重塔を建立、727年に僧の徳道が聖武天皇の勅命により現在の本堂の地に近江国高島郡から流れ出でた霊木で本尊の十一面観音像を作成し祀りました。
創建当時の長谷寺は東大寺の末寺でしたかま、平安時代中期には興福寺の末寺となり、16世紀以降は覚鑁によって興され頼瑜僧正により成道した新義真言宗の流れをくむ寺院となりました。
1588年 豊臣秀吉により根来寺を追われた新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により真言宗豊山派が成立していきました。
本堂が焼失してしまいますが、徳川家光の寄進によって1650年に再建されました。
1667年には徳川家綱の寄進で本坊が建立されましたが、1911年に表門を残して全て焼失してしまいました。
「大和四寺」巡礼衣と「奈良大和七福八宝」色紙はプレゼントでした🎁
御朱印代だけ払いました😌
「大和路秀麗八十八」台紙は取り扱ってないみたいです。
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