おかでら(りゅうがいじ)|真言宗豊山派|東光山
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楽しみ方岡寺(龍蓋寺)のお参りの記録一覧
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西国三十三所巡りで訪れました。京都もですが さすが古都のあった地。魅力的な寺社が多くありますね。
飛鳥の地は 飛鳥寺と石舞台に訪れたことがありましたので 2年ぶりになります。
仁王門をくぐると 山寺らしく 立体的に広がる境内になります。
すぐ目の前には蓮の花が 「双頭蓮」とあります。
双頭蓮は 50年から100年に1度あらわれるという大変珍しい蓮だそうで 良いことがおきる前兆や見ると幸せになれるなどの言い伝えがあるそうです。
ラッキー!!1本の茎に2つの花を咲かせていました。
石段を上がっていくと 大師堂や三重塔が目に入ってきます。
少し雨が降っていたので 開山堂で拝んで 本堂に向かいました。
内陣をしっかり撮っていないのですが(撮影禁止)ご本尊は日本最古の塑像(いわゆる泥など)の仏様でした。
本堂の前には池があります。この池は 開山した義淵が悪龍を封じ込めた池だそうで これが岡寺のもうひとつの名称「龍蓋寺」のいわれだそうです。義淵は東大寺の大仏造りに貢献した行基のお師匠様です。
三重の塔は少し小高くなった場所にあり そこからは下の里を眺めることができました。
山号は東光山 院号は真珠院(眞珠院) 宗旨宗派は新義真言宗豊山派 ご本尊は如意輪観音(重要文化財) 創建年は7世紀末頃 開山は伝・義淵です。
由緒については
天武天皇の皇子で27歳で早世した草壁皇子の住んだ岡宮の跡に義淵僧正が創建したとされる。
この時 同時に龍門寺なども建立された。
現在の寺域は明日香村の東にある岡山の中腹に位置するが 寺の西に隣接する治田神社(はるたじんじゃ)境内からは奈良時代前期にさかのぼる古瓦が発掘されており 創建当時の岡寺は現在の治田神社の位置にあったものと推定されている。
寺跡は2005年(平成17年)に「岡寺跡」として国の史跡に指定された。
また 義淵がこの地の民を苦しめていた悪龍を当寺の池(現、龍蓋池)に封印して石で蓋をし 悪龍の厄難を取り除いて以来 当寺は「日本最初のやくよけ霊場」となり 鎌倉時代にはすでにその信仰が広まっていた。
義淵僧正は日本の法相宗の祖であり その門下には東大寺創建に関わった良弁や行基などがいた。
それゆえ法相宗の興福寺の末寺であった。
江戸時代に長谷寺化主(住職)法住が入山して当寺を復興し 中興第一世となって以降 長谷寺の末寺となって真言宗豊山派に属する。
とありました。




正式名称は、龍蓋寺(りゅうがいじ)。"龍に蓋(ふた)をするお寺"。由来は義淵僧正の伝説から来ています。
昔この地に田畑を荒らす龍がいました。困り果てた農民は、義淵僧正に助けを求めます。すると、義淵僧正は、法力で龍を池に封じ込め、大きな石で蓋をしました。"龍に蓋をした"で"龍蓋寺。龍は、その後改心し、今は本堂前の池で眠っているそうです。
義淵僧正 奈良時代前期法相宗の僧。門下から、行基・玄昉・良弁などを輩出した傑僧です。
日本最大の塑像を御本尊とする厄除霊場です。
西国三十三ヶ所観音霊場 第7番札所
山号:東光山
宗派:真言宗豊山派
御本尊:如意輪観世音菩薩
創建:663年(天智天皇2年)

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