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たちばなでら|天台宗仏頭山

橘寺
奈良県 飛鳥駅

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巡礼

その他の巡礼の情報

新西国三十三箇所第10番
聖徳太子霊跡第8番

橘寺について

聖徳太子誕生の地と伝承のある寺


当時ここは「橘の宮」という欽明天皇の別宮であった。聖徳太子は、欽明天皇の第四皇子・橘豊日命と穴穂部間人皇女の子として西暦572年この地で生まれたとされる。

おすすめの投稿

rappa
rappa
2025年03月01日(土)814投稿

実は早咲きの河津桜を目当てに明日香村にきたのですが、今年は寒波襲来でまたまだ蕾…
諦めて帰ろうと、思いましたが通りがかりに見かけた橘寺さまにお邪魔しました^ ^
こちらも創建時は広大なお寺であったとのことでかの聖徳太子さまが建立され、さらにはお生まれになった橘の宮があったところとのこと^ ^

以下、橘寺の創建と変遷より

当寺は、聖徳太子様のお生まれになった所で、当時ここには、橘の宮という欽明天皇の別宮があった。太子は、その第四皇子の橘豊日命(後の三一代用明天皇)と穴穂部間人皇女を父母とされて、西暦五七二年この地にお生れになり、幼名を厩戸皇子、豊聡耳皇子などと申し上げた。太子は大変深く仏法をご信仰になり、自ら仏典の講義をされ注釈を加えられたのが三経義疏で、現在も保存されている。三三代推古天皇一四年秋七月(西暦六〇六)に、天皇の仰せにより、勝鬘経を三日間にわたりご講讃になった。その時、大きな蓮の花が庭に一mも降り積もり(蓮華塚)、南の山に千の仏頭が現れ光明を放ち(仏頭山)、太子の冠から日月星の光が輝き(三光石)、不思議な出来事が起こったので、天皇は驚かれて、この地にお寺を建てるよう太子に命ぜられた。そこで御殿を改造して造られたのが橘樹寺で、聖徳太子建立七カ大寺の一つに数えられた。当初は東西八丁(八七〇m)南北六丁(六五〇m)の寺地に、金堂、講堂、五重塔を始め六六棟の堂舎が建ち並んでいた。天武天皇九年(西暦六八一)尼房失火の為十房焼いた記録があり(日本書紀)、当時尼寺であったのか。光明皇后より丈六の釈迦三尊、淳和天皇が薬師三尊をご寄贈になり、不断法華転読及び法華八講が修法せしめられた。法隆寺の金堂日記の中に「橘寺より小仏四九体、承暦二年(西暦一〇七八)十月八日迎え奉った」と記されており、玉虫厨子を移したのもこのころか。近衛天皇久安四年(西暦一一四八)五月十五日雷火のため五重塔焼失。六十年後鎌倉時代文治年間三重塔再建、「元興寺より四方仏を迎え奉った」などの記録あり。後柏原天皇永正三年(西暦一五〇六)、多武峯の兵により焼かれ全く昔日の面影を無くしてしまい、江戸時代には正堂、念仏堂共に大破し僧舎一棟のみと記されている。現在の堂は、元治元年(西暦一八六四)多くの人々の力により再建実現したものである。昔は法相宗であったが、江戸中期より天台宗になり比叡山延暦寺の直末で仏頭山上宮皇院橘寺、別名菩提寺とも言われている。

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歴史

創建年代不詳。文献に初めて登場するのは天武9年(680)。聖徳太子誕生の地といわれ、太子建立の7カ寺の一つ。8世紀には66もの堂宇が立ち並ぶ大寺院で四天王寺式伽藍配置をとっていた。現在は江戸期に再建された本堂(太子殿)など、わずかな諸堂を残すのみとなっている。室町時代の聖徳太子坐像(重要文化財)をはじめ、善悪2つの顔が刻まれた二面石などがある。境内には3つの副柱の穴をもつ塔心礎が残る。

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橘寺の情報

住所奈良県高市郡明日香村橘532
行き方

近鉄「橿原神宮前駅」又は「飛鳥駅」飛鳥周遊バス「川原」または「岡橋本」下車徒歩3分

橘寺の基本情報

名称橘寺
読み方たちばなでら
参拝時間

9:00~16:30

参拝料

大人:400円 中高生:300円

トイレあり
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0744-54-2026

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://tachibanadera-asuka.jimdo.com

巡礼の詳細情報

新西国三十三箇所

第10番

仏さま:如意輪観音

御詠歌:

仏いで 花ふるにはの ありけるに 遠きくにとは 何おもうらん

聖徳太子霊跡

第8番

仏さま:聖徳太子

詳細情報

ご本尊聖徳太子
山号仏頭山
院号上宮皇院
宗旨・宗派天台宗
創建時代606年(推古天皇14年)頃
開山・開基聖徳太子
文化財

聖徳太子勝鬘経講讃像、聖徳太子孝養像、田道間守像、六臂如意輪観世音菩薩像、日羅上人像、地蔵菩薩立像、だ太鼓の縁、橘寺型石灯炉、聖徳太子絵伝八幅、釈迦涅槃図(国指定重要文化財)

ご由緒

創建年代不詳。文献に初めて登場するのは天武9年(680)。聖徳太子誕生の地といわれ、太子建立の7カ寺の一つ。8世紀には66もの堂宇が立ち並ぶ大寺院で四天王寺式伽藍配置をとっていた。現在は江戸期に再建された本堂(太子殿)など、わずかな諸堂を残すのみとなっている。室町時代の聖徳太子坐像(重要文化財)をはじめ、善悪2つの顔が刻まれた二面石などがある。境内には3つの副柱の穴をもつ塔心礎が残る。

体験
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