たむけやまはちまんぐう
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楽しみ方手向山八幡宮のお参りの記録一覧
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前回、東大寺を参拝したにも拘らずスルーしてしまった手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)。 約3年半越しでのお詣りが叶いました。 東大寺・三月堂(法華堂)の近くに鎮座する手向山八幡宮は、天平勝宝元年(749年)に東大寺及び大仏を造立するにあたって、豊前国(大分県)の宇佐八幡宮より東大寺の鎮守神として勧請した、とされる歴史ある神社です。 もとは大仏殿の南側、鏡池付近に鎮座していたようですが、治承4年(1180年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討で焼失してしまった為、建久8年(1197年)に社殿を再建、建長2年(1250年)に北条時頼(ほうじょうときより)によって現在地に移されたとのこと。 創建時から東大寺の鎮守社とされてきましたが、明治の神仏分離の際に東大寺から独立した神社となって、現在に至ります。 主祭神は応神天皇、姫大神、仲哀天皇、神功皇后、仁徳天皇の五柱。 八幡さんの神使である鳩が、向かい合って間がハートになっている可愛らしい御紋が灯籠などに描かれていました。
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手向山八幡宮さまに参拝致しました。
手向山八幡宮さまは、奈良市街東部の手向山麓の、東大寺大仏殿前の道を東に行った正面に位置し、すぐ北には東大寺法華堂(三月堂)があります。
「749年(天平勝宝元年)に
東大寺大仏殿建立の際その守護神として
宇佐神宮(全国の八幡宮の総本社)第一の
御分霊をお祀りした八幡古社です。
御祭神は御本殿に八幡大神・比咩大神・神功皇后・
仲哀天皇、若宮には仁徳天皇をお祀りしております
百人一首の「このたびは 幣もとりあえず手向山
紅葉のにしき 神のまにまに」という詩は、
菅原道真公がこの神社を詠んだものです。」
(御朱印当て紙 引用)
雨の中の参拝でしたが、他にも5〜6人の方がご参拝、御朱印を拝受されておられました。
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現在は東大寺から独立した存在となっていますが、かつては東大寺の鎮守の神「東大寺八幡宮」として機能していた神社です。
その創建は古く、東大寺の大仏を建立するにあたり、天平勝宝元年(749年)に全国の「八幡さん」の総本社である大分の宇佐八幡宮より直々に東大寺の守護神として神様が迎えられたことがその創建の由来となっています。
なお、創建当初の神社は、平城宮南の「梨原宮」と呼ばれる場所に建立されたとされており、その確実な位置は不詳ですが、現在の「宮跡庭園」と呼ばれる遺跡周辺にあったとも推定されています。神社はその後東大寺大仏殿の南側(鏡池周辺)に移転された後、 治承4年(1180年)には平重衡らによる「南都焼討」の被害を受け焼失しましたが、その後再建されることになり、最終的には鎌倉時代の建長2年(1250年)、北条時頼の手で現在の位置にに再建されたと言われています。
その後は長らく神仏習合を体現する東大寺の守護神(鎮守神)としての役割を果たし続けていましたが、明治に入ると神仏分離の政策の中で東大寺から独立した神社となり、現在に至っています。
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