がんごうじ|真言律宗
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楽しみ方元興寺のお参りの記録一覧
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所在地:奈良県奈良市中院町11
山 号:
宗 派:真言律宗
寺 格:
本 尊:智光曼荼羅
建 立:593年推古天皇元年
由緒
元興寺は、藤原、奈良時代は崇佛派の蘇我氏による仏教政策や、朝廷(僧綱)の管理下にある三宝常住の官寺でした。しかし平安時代になると、律令制度の崩壊によって、官大寺は無くなり、権門寺院でもある興福寺や東大寺の支配下に組み込まれました。更に鎌倉時代になると、元興寺は伽藍が解体し、堂塔が分散してしまいました。その中で僧坊遺構の極楽坊は室町時代には、興福寺大乗院の支配となり、坊主は己心寺(大安寺)門流(真言律の西大寺流)とされました。江戸時代には、西大寺直門として多くの重役を輩出しました。
明治維新の回禄により門流が途絶え、無住化しました。しかし、昭和17年より真言律宗大本山宝山寺の実質支配となり中興されることになりました。そして、戦後の文化財保護法や宗教法人等の制定によって復興されました。(HPより)





北門からぐるッと順路案内に沿って歩くと南門に着きます。
元興寺様は真言律宗の御寺様で、御本尊は智光曼荼羅をお祀りされています。
元興寺様は、この日お参りさせて頂いた大安寺(大官大寺)興福寺(厩坂寺)と共に南都七大寺に数えられていました。
588年に蘇我馬子により飛鳥に蘇我氏の氏寺として建立されました。
創建当初は「法興寺」と称されていましたが、平城京遷都のおりに移設され「元興寺」としてスタートされています。
今の奈良町と呼ばれるエリアの殆どが元興寺様の敷地でした。当時は東大寺様や興福寺様と並び称されるほど巨大な寺院でしたが、徐々に衰退されていきます。
1451年に土一揆により殆どの伽藍が焼失し、焼け跡の敷地に家が建つなどし旧元興寺様は三つに別れます。
元興寺極楽坊と東塔院の元興寺塔跡および小塔院跡です。
お参りしてる最中は少しゴチャついていた元興寺様の歴史が、家に帰って色々と資料を読むと頭の中で整理できました。
境内に入るといきなり御本堂で、とても圧倒されました。建造物は古いというだけで独特のオーラを纏っているように感じてしまいます。
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