さいだいじ|真言律宗|勝宝山
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【勝宝山(しょうほうざん)四王院(しおういん)西大寺(さいだいじ)】
本尊:釈迦如来
宗派:真言律宗
開基:孝謙上皇(称徳天皇)
西大寺は、奈良時代、藤原仲麻呂(恵美押勝)の反乱平定を祈願して、孝謙上皇(第46代 孝謙天皇(女帝)(在位:749-758))が四天王像の像立を誓願し、孝謙上皇は、再び第48代 称徳天皇(在位:764-770)となり、誓いを果たして金銅製の四天王像を鋳造したのがはじまりとされ、父君の第45代 聖武天皇(在位:724-749)の東大寺創建に対し、その娘に当たる称徳天皇の勅願によって伽藍が開創された。平安遷都後は、急速に衰退、さびれてしまうが、鎌倉時代になり、興正菩薩 叡尊(こうしょうぼさつ えいそん)上人(1201-1290)が再興、叡尊上人の創始した密律不二の「真言律」を今日に伝えている。
南都七大寺5番、大和路秀麗 八十八面観音巡礼 で参拝。







西大寺が創建されたのは、764年孝謙上皇の発願による。
道鏡を寵愛し法王の座につけたことで有名、重祚し称徳天皇となる。
聖武天皇と光明皇后の間に生まれ、女性として初めて皇太子となり32歳で孝謙天皇として即位。
西大寺は奈良時代に建てられた最後の官寺、もじどおり{サイダイ」の境内を持つ寺院。
平城京の2/5程であり甲子園球場13個分ほどの面積、現在も周辺残る地名から広さがわかります。
東大寺と西大寺、この二つの間に見え隠れするのは、敬慕の念それとも闘争心❓。
平安時代には塔堂を失い、ついには興福寺の支配下に置かれるほど衰微。
13世紀後半になり中興の祖・叡尊により復興を進める。
現在の寺に伝わる仏像・仏具は叡尊時代のものが多い。
1502年の火災で再度大きな被害を受け、現在の堂宇は江戸時代の再建が主であるが、大規模な復興はならず寺域はわずかとなっています。
明治28年真言宗から分離、真言律宗の総本山となっています。
現在、我々の目に映る東大寺と西大寺の違い、何が違ったのでしょうか。
東大寺の尼寺は法華寺。西大寺の尼寺は西隆寺ですが、駅前にあるショッピングセンター「奈良ファミリー」内に回廊の礎石レプリカが有るとの事でしたが確認出来ませんでした。
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