ぜんこうじ|無宗派(単立)|定額山
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楽しみ方善光寺のお参りの記録一覧
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ようやく本堂に到着。(^^;
善光寺では「諸堂めぐり限定御朱印」なるものが5ヵ所で頒布されています。
①本堂
②山門
③経蔵
④忠霊殿
⑤雲上殿
①~④は境内で頂くことができますが、雲上殿は境内から離れた場所にあり、車で10分程度。
車がなければ、普通は、、、タクシーを利用するようですが、30分ちょっと歩いて山?丘?の
中腹にある雲上殿にも行きました。(^^;

牛にひかれて善光寺参り特別御朱印
7月1日から、丑年にちなんで頒布されているそうです。
横長の御朱印用紙の右側に梵字の印と一光三尊の文字を、左側に善光寺の逸話
「牛に引かれて善光寺参り」の一場面が配されています。

①本堂(びんずる尊者)


長野県長野市元善町にある無宗派の単立仏教寺院で、住職は「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名が務める。
本尊の「一光三尊阿弥陀如来像」は、日本に仏教が伝来した552年に百済の聖明王から贈られた日本最古の仏像と伝えられ、その仏像を入手した本田善光が、602年に信濃に伝えたとされていて、現在地に遷座されたのは642年、伽藍が建てられたのは644年である。寺名の「善光寺」は本田善光に由来する。
本尊の善光寺如来は由緒ある像として権威の象徴とも見なされ、戦国時代には大名がこぞって自領(本拠地)に善光寺如来を遷座させ、各地を転々とした。
豊臣秀吉は慶長伏見地震で損壊した方広寺大仏(京の大仏)に代わる新たな本尊として善光寺如来を方広寺大仏殿に遷座させていたが、死の間際に如来を善光寺へ返還した。
それ以降善光寺如来は、他所へ遷座させられることなく今日に至っている。

山家神社を後にして、「牛に引かれて善光寺参り」でお馴染みの善光寺様へ。
一生に一度は参拝したかったお寺です。
いやー広いし、本堂でかい😲
御朱印の数も通常のもの他、限定などを入れると数十種類になるそうで、数時間では回り切れませんね😅
今回善光寺様で頂いた御朱印は、計13種類です。

ちょうど、お昼の御開帳の時間でしたので、御前立ではありますが、ご本尊のお姿を拝見させていただきました。
その後、お戒壇巡りへ。
「瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場」とのことですが、その錠前に触れたのか?
なにせ真っ暗なので、分かりません😅

参道脇にはお土産屋さん、食事処が並んでいて、とても賑やかです。
この日もたくさんの参拝者で賑わっておりました。



長野市へ私用後、善光寺さんへ。
善光寺さんほどのお寺なので、分散参拝と言えども正月4日を過ぎた平日。
三密にならないよう気を付けて参拝です。

仁王門。いつ見ても善光寺の仁王像には圧倒されます。
いつか国民が、眠っていた魑魅魍魎に襲われたり天変地異が起こったら、此処から動き出して鎮めたりしてくださるのではと...。
(幾つになっても中二病...~_~;))
いや、それくらい凛々しく強いお姿だという事です!
最近、漫画『うしおととら』を再読したせいかちょっとイッテマス。

源頼朝ゆかりの「駒返し橋」がある善光寺
JR長野駅から緩やかな坂道を登って徒歩20分ほど。駐車場たくさん。
善光寺下駅からも歩けるが坂はキツいし店は少ないのでイマイチだった。
仁王門をくぐり、たくさんのお店が並ぶ仲見世通りを通って山門。
山門潜り、右手に授与所や鐘楼、正面が本堂、左手に経蔵、左手奥に史料館。
高低差がほとんどなく歩きやすいが境内は広い。人も多い。
仲見世通りから山門までの間にある「駒返し橋」
源頼朝が善光寺を参拝したときに、馬の蹄が石橋の穴に挟まってしまい、ここから境内へは馬を返して徒歩で入った、とされる橋。
見た目はただの溝を塞ぐ1mとなさそうな橋なので看板がないと絶対わからん。
あと、山門すぐ左側に佐藤継信・忠信兄弟の供養塔と伝わる石造宝篋印塔がある。
山門からの景色がすっごい良い。
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