曹洞宗天苗山
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宮城県名取市にある曹洞宗の寺院・天苗山 秀麓齋(しゅうろくさい)の
(❊御本尊は(❊聖観世音菩薩様❊)(❊しょうかんぜおんぼさつさま❊)です。
❊鎌倉時代の天才仏師である運慶の作と伝えられており、別名を(❊利勝観音様❊)(❊としかつかんのん❊)と称されます。
この御本尊の由緒と歴史的な伝承は以下の通りです。坂上田村麻呂による勧請と戦勝祈願起源: 延暦年間(782年〜806年)、征夷大将軍である坂上田村麻呂が奥州の蝦夷平定(東征)に赴く際、自身が深く信仰していた西国清水寺の観世音菩薩をこの地に勧請(かんじょう)しました。
(❊利勝観音❊)の由来: 田村麻呂はこの観音像に戦勝と天下泰平を祈願しました。そのご加護によって見事に大任を果たし得たという故事から、勝利をもたらす(❊利勝観音❊)として広く信仰を集めるようになりました。

山号は天苗山、寺号は秀麓斎(しゅうろくさい)宗派は曹洞宗、本尊は聖観世音菩薩、奥の細道 みちのく路三十三ヶ所霊場 第十五番札所、奥州三十三観音霊場 第二番札所、事務局も務める、奥州三十三観音の御朱印帳も在ります。秀麓齋の寺号「齋」というのは全国でも珍しく、日本三齋の一つといわれ、開創は延暦十七年(798年)征夷大将軍 坂上田村麻呂が奥州に蝦夷平定の軍を進めるにあたり戦勝と天下泰平を祈願するため、信仰する西国清水寺の観世音をこの地に勧請したことに始まる、大同二年(807年)比叡山伝教大師の法子 義 法師を開祖とし、天台宗に属し、大阪、四天王寺の末寺となった。十二世紀奥州平泉の藤原氏隆昌の頃には、その庇護をうけ末寺数十ヵ寺を有し最も栄えたが、藤原氏滅亡後は天台宗自体が衰退していった。
室町期文明年間(1469~1486)大本山總持寺直末、越後国岩般郡村上の霊樹山耕雲寺四世 瑚海仲珊大和尚を勧請開祖とし天台宗を曹洞宗に改宗した。近年、別院として「みんなの寺小屋」を開設、広く坐禅会や仏像彫刻、ヨガ教室などに活用されている
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秀麓斎の情報
| 住所 | 宮城県名取市高舘吉田上鹿野東88 |
|---|---|
| 行き方 |
秀麓斎の基本情報
| 名称 | 秀麓斎 |
|---|---|
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 022-384-7270 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
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