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かめおかはちまんぐう

亀岡八幡宮

宮城県 国見駅

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022-213-2231

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御朱印について
御朱印
あり
限定
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御朱印帳
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パーキング
駐車場
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ご利益

亀岡八幡宮について

伊達氏の氏神様です。神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮を勧請しています。
仙台空襲ですべてが失われましたが、階段と鳥居だけは当時のまま残っています。
階段は365段あったと言われています。整備されていませんので登りにくい階段です。
雪があるときは登らないことをお勧めします。非常に危険でした(*_*)

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茉憂☪︎*。꙳
2018年02月11日(日)
243投稿

節分ということで厄払いに仙台へ。
厄払いする前に時間があったので亀岡八幡宮へ先にお伺いしました。

亀岡八幡宮は伊達氏の氏神様。
初代伊達家当主、朝宗公が福島県伊達郡へ鶴岡八幡宮を勧請し、その後同じく伊達郡にあった石清水八幡宮を勧請した若宮八幡と合祀。
そして伊達が動くと亀岡八幡宮のみ共に移動し、最終的に現在の地に移りました。
福島県伊達郡に残る若宮八幡宮は梁川八幡宮として今も残っています。
合祀したものの、結局は分離した…ということかな。

鶴岡八幡宮を勧請したというのが個人的に嬉しくて。
仙台にいても、私は鶴岡八幡宮様へお参りができると知ったらとても安心しました。
朝宗様が夢で亀が出たため鶴でなく亀岡八幡宮としたそうです(*^^*)

仙台空襲にてすべて失われましたが、一の鳥居と階段は残りました。
その階段は365段(実際は330段くらいとか)あり、凸凹激しく登りづらいことから出世階段と呼ばれているそうです。
でも延々と階段が続くわけではないので、そこまで苦ではなかった。
むしろ雪が凍ってて滑るので、そっちに神経集中してたから気にならなかったのかもしれません。苦笑
雪のある時期の参拝はお勧めしません(*_*)
若しくは裏参道があるみたいなので、そちらからの参拝を進めます
(どんな道かわからないのですがこちらよりは安全でしょう)。

春は枝垂れ桜が綺麗に咲きそうなので春がオススメですね(*^^*)
私も春にまた伺おうと思います^^

亀岡八幡宮の建物その他亀岡八幡宮の鳥居

戦火を免れた鳥居です。

亀岡八幡宮の自然亀岡八幡宮の建物その他

桜が咲いたらすごく近くで見れそうなくらい枝垂れてます。奥が出世階段スタート口。

亀岡八幡宮の建物その他

スタート口の階段を上るとこの景色。
奥に見えるは先ほどとは比べ物にならないほどの階段が(;´∀`)

亀岡八幡宮の建物その他

登ります。

亀岡八幡宮の建物その他

上からの眺め。

亀岡八幡宮の建物その他

あと少し頑張れば御社殿です!

亀岡八幡宮の手水

手水に鶴…!!亀もいます^^

亀岡八幡宮の狛犬

朝陽が神々しい。

亀岡八幡宮の本殿

拝殿

亀岡八幡宮の本殿亀岡八幡宮の鳥居

高良玉垂神社。衣食住の神様、そして芸能・延命長寿・厄除けの神様だそう。

亀岡八幡宮の御朱印

御朱印は宮司さんが書いてくださっているそうで、ご不在時は書置きを頂けます。

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歴史

文治5年(1189、鎌倉)伊達朝宗相州鎌倉鶴ケ岡八幡宮を伊達郡高子村に勧請した。このとき霊亀出現、依って亀岡と称す。応永33年岡部梁川に遷座、天文元年伊達稙宗同郡西山城に遷し、又元亀2年同郡梁川に移す。天正中政宗伊達より岩手山に移る。上杉景勝の領地となったので、社司山田宮太夫清重これを憂い弟重之と相謀り、慶長6年密かに神体を護持して伊具郡丸森に0ってこれを政宗に告ぐ、同7年命じて仙台同心町(瀧沢神社)に仮宮を造り安鎮する。よって宮太夫に米三口を給す。寛永17年義山公(忠宗)社殿を経営し同年7月遷宮のことを行い、梁川今八幡と称す。同20年4月始めて神事を行い祭奠稟米五石を寄進す。天和元年7月肯山公(綱村)社を城坤河内の地に移し大いに土木を起し宮社を造営する。同3年8月落成15日遷宮して亀岡八幡宮と称し、祭料八石を増し、百石の地を敬進し宮太夫を山田土佐守と改称せしめ神職に定め三十石の地を給与す。更に社士10人、巫1人、洒掃1人をつけた。別当寺を亀岡山積宝寺千手院という。歴代の藩主の奉納品多きが中に刀剣、銘備前長船義光の一振は重要文化財に指定されている。(観蹟聞老志、名蹟志、封内風土記、社蔵記録)。明治4年7月村社に列す。昭和20年7月戦災を被り、旧社殿悉く焼失したので、一本杉の伊達家の氏神の社殿を移し本殿とし、新に幣殿、拝殿其の他の建物を造営して昭和40年10月竣工した。
(神社庁より)

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亀岡八幡宮の基本情報

住所宮城県仙台市青葉区川内亀岡62番地
行き方

川内駅より徒歩5分程度(一の鳥居まで)

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名称亀岡八幡宮
読み方かめおかはちまんぐう
通称かめおかさま
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号 022-213-2231
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.hachimanguu.org

詳細情報

ご祭神《主》応神天皇,玉依姫命,神功皇后
ご由緒

文治5年(1189、鎌倉)伊達朝宗相州鎌倉鶴ケ岡八幡宮を伊達郡高子村に勧請した。このとき霊亀出現、依って亀岡と称す。応永33年岡部梁川に遷座、天文元年伊達稙宗同郡西山城に遷し、又元亀2年同郡梁川に移す。天正中政宗伊達より岩手山に移る。上杉景勝の領地となったので、社司山田宮太夫清重これを憂い弟重之と相謀り、慶長6年密かに神体を護持して伊具郡丸森に0ってこれを政宗に告ぐ、同7年命じて仙台同心町(瀧沢神社)に仮宮を造り安鎮する。よって宮太夫に米三口を給す。寛永17年義山公(忠宗)社殿を経営し同年7月遷宮のことを行い、梁川今八幡と称す。同20年4月始めて神事を行い祭奠稟米五石を寄進す。天和元年7月肯山公(綱村)社を城坤河内の地に移し大いに土木を起し宮社を造営する。同3年8月落成15日遷宮して亀岡八幡宮と称し、祭料八石を増し、百石の地を敬進し宮太夫を山田土佐守と改称せしめ神職に定め三十石の地を給与す。更に社士10人、巫1人、洒掃1人をつけた。別当寺を亀岡山積宝寺千手院という。歴代の藩主の奉納品多きが中に刀剣、銘備前長船義光の一振は重要文化財に指定されている。(観蹟聞老志、名蹟志、封内風土記、社蔵記録)。明治4年7月村社に列す。昭和20年7月戦災を被り、旧社殿悉く焼失したので、一本杉の伊達家の氏神の社殿を移し本殿とし、新に幣殿、拝殿其の他の建物を造営して昭和40年10月竣工した。
(神社庁より)

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