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あなおじ|天台宗菩提山

穴太寺
京都府 並河駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

その他の巡礼の情報

西国三十三箇所霊場第21番
神仏霊場巡拝の道第130番(京都50番)

穴太寺について

安寿と厨子王伝説に関係のあるお寺


安寿と厨子王丸の悲話の伝説に語られる厨子王丸肌守御本尊をおまつりしています。 2人が山椒太夫に捕らえられ、過酷な責めを受けた時、その苦しみを代わりに受けてくださった仏様といわれています。 安寿が厨子王丸を逃がし都へ上る途中、厨子王丸をかくまった寺の一つが穴太寺だったといわれ、のちに、厨子王丸はこの肌守御本尊を穴太寺に奉納し供養したと伝えられています。
(拝観は特別拝観の時のみです)

西国三十三箇所観音霊場第二十一番札所

おすすめの投稿

kiico
kiico
2026年05月09日(土)7投稿

西国三十三所・第21番札所
穴太寺の聖観音像は「身代わり観音」の伝説で知られている。
この「身代わり」の逸話は観音さまが仏師を救った話としてよく取り上げられている。しかしながら、観音さまの身代わりによって救われたのは仏師だけでなく、仏師を殺めてしまった男も救われたと考えることができる。
人を殺害するという行為をしてしまった男を、観音さまが身代わりになったことで男が罪人にならずにすんだ。

被害に巻き込まれた人も罪を犯そうとした人も救うという観音さまの慈悲の心をあらわした逸話だ。と、ご住職が話されている記事が良かった。

https://1200irori.jp/content/interview/detail/240926_anaoji

本堂には諸病を癒すといわれている等身大の木造釈迦涅槃像(なで佛)があり、お布団がかぶせられていて、その布団をめくり、自分の悪い箇所をなでてご利益をいただく。
前にいた方がそれは熱心に色々な箇所をなでておられた。
かく言う私たちも、あっちこっちと⋯

安寿が厨子王丸を逃がし都へ上る途中、厨子王丸をかくまった寺の一つが穴太寺だったといわれる。

御朱印を書かれている素敵な女性が、書かれる文字の意味や梵字などについて教えてくださった。何時間かたつと、ん?何だっけ?となるが、興味深かったので、折をみて調べたい。
御詠歌の御朱印も美しいけど、この御朱印帳は普通のもので統一するすることに。

お手洗いは女性エリア個室×3、暖房便座もありキレイ。

お寺の駐車場(500円)に停めたが、その先のお寺に近いところに無人の駐車場(300円)を発見💧

土曜だが、それほど人は多くなかった。

穴太寺(京都府)

【仁王門】

穴太寺(京都府)

【鐘楼】

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歴史

宝徳2年(1450年)成立の『穴太寺観音縁起』によれば、慶雲2年(705年)、文武天皇の勅願により大伴古麻呂が開創したとされる。
穴太寺の聖観音像は「身代わり観音」の伝説で知られ、この伝説が『今昔物語集』に取り上げられていることから、平安時代末期には観音霊場として当寺が知られていたことがわかる。『今昔物語集』所収の説話によると、昔、丹波国桑田郡の郡司をしていた男は、都の仏師に依頼して聖観音像を造り、仏師には褒美として自分の大切にしていた名馬を与えた。しかし、与えた名馬が惜しくなった男は、家来に命じて仏師を弓矢で射て殺してしまった。ところが、後で確認すると仏師は健在で、観音像の胸に矢が刺さっていた。改心した男は仏道を信じるようになったという。同様の説話は『扶桑略記』にもあるが、ここでは男の名が「宇治宮成」、仏師の名が「感世」とされている。

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穴太寺の情報

住所京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻46
行き方

JR亀岡駅下車 京阪京都交通バス穴太寺循環(59, 34系統)、もしくは、京都学園大学行(60系統)、穴太口下車徒歩10分

穴太寺の基本情報

名称穴太寺
読み方あなおじ
参拝時間

8:00〜17:00

参拝料

500円

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0771-24-0809

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

お守りあり

詳細情報

ご本尊薬師如来,聖観世音菩薩
山号菩提山
宗旨・宗派天台宗
創建時代慶雲二年(705)
開山・開基大伴古麿
本堂入母屋造(府指定文化財)
文化財

木造聖観世音立像(重要文化財)
本堂、多宝塔(府指定文化財)
穴太寺庭園(府指定名勝)

ご由緒

宝徳2年(1450年)成立の『穴太寺観音縁起』によれば、慶雲2年(705年)、文武天皇の勅願により大伴古麻呂が開創したとされる。
穴太寺の聖観音像は「身代わり観音」の伝説で知られ、この伝説が『今昔物語集』に取り上げられていることから、平安時代末期には観音霊場として当寺が知られていたことがわかる。『今昔物語集』所収の説話によると、昔、丹波国桑田郡の郡司をしていた男は、都の仏師に依頼して聖観音像を造り、仏師には褒美として自分の大切にしていた名馬を与えた。しかし、与えた名馬が惜しくなった男は、家来に命じて仏師を弓矢で射て殺してしまった。ところが、後で確認すると仏師は健在で、観音像の胸に矢が刺さっていた。改心した男は仏道を信じるようになったという。同様の説話は『扶桑略記』にもあるが、ここでは男の名が「宇治宮成」、仏師の名が「感世」とされている。

ご利益
体験
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