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「京の冬の旅」の特別公開で参拝しました。
京都市北区にあるお寺です。
創建700年になる臨済宗大徳寺派大本山のお寺です。
2年前には法堂と仏殿が特別公開されていて参拝しました。
今回は法堂と経蔵が公開されています。
東側総門の駐車場に車を停め 義母と妻と一緒に参拝です。
まずは法堂。
こちらは高僧が説法をするための建物です。
高僧の声が聞こえやすくするため 天上がやや湾曲しているとのことで そのために音が響きます。
天井絵は 狩野探幽の筆による「雲龍図」です。
ご存じの方も多いと思いますが こちら「鳴き龍」として有名で 法堂の中で手を叩くと音が反響して残響音が聞こえます。
これが「鳴き龍」といわれる現象です。
ガイドさんの説明を聞いてから「鳴き龍」を楽しみました。
手を少し丸めて空気を包むように叩くとよい音がします。
続いて経蔵です。
こちらは初めて入らせていただきます。
法堂から少し歩くとすぐに経蔵です。
経蔵はお経を保存しておくための建物で 建物の中心にお経を入れるための回転式の書架があり 引き出しがたくさんありました。
約3500ものお経が収められているそうです。
これだけのお経を読もうと思ったら何年かかることでしょうね。
経蔵の西側には官池と呼ばれる池があり石橋がかかっていました。
この日は水がなかったのですが 大徳寺の絶景ポイントの一つだそうです。
法堂から経蔵までの道からは国宝の唐門が見えます。
唐門は通常は見えない場所にあるため この特別公開で見られるということでした。
彫刻や彩色が見事ですので 間近で観られたら嬉しかったです。
御朱印は方丈でいただくことができます。
何度も参拝してきたお寺ですが やはり特別公開はガイドさんの説明があって良いですね。
ネット情報です。
山号は龍寶山
院号は不明
宗旨は臨済宗
宗派は臨済宗大徳寺派
寺格は大本山 京都五山 → 林下
ご本尊は釈迦如来
創建年は正和4年(1315年)もしくは元応元年(1319年)
開山は宗峰妙超
正式名は龍寶山大德禪寺
文化財は方丈・唐門・絹本墨画淡彩観音図・猿鶴図ほか(国宝)
勅使門・山門・仏殿・法堂・木造大燈国師坐像ほか(重要文化財)
方丈庭園(国史跡・特別名勝)です。
大徳寺の開祖である禅僧・宗峰妙超は 弘安5年(1282年)に播磨国(現・兵庫県)で赤松氏の家臣・浦上一国と赤松則村(円心)の姉との間に生まれた。
11歳の時 地元の大寺院である圓教寺に入って天台宗を学ぶが 後に禅宗に目覚めて鎌倉の高峰顕日 京都の南浦紹明に参禅。
南浦紹明が鎌倉の建長寺に移るに従って宗峰も鎌倉入りし 徳治2年(1307年)に師から印可を得た。
その後 数年間京都東山で修行を続けていた宗峰妙超は 正和4年(1315年)ないし元応元年(1319年)に叔父の赤松則村(円心)の帰依と寄進を受け 洛北紫野の地に小堂・大徳庵を建立した。
これが大徳寺の起源という。
花園上皇は宗峰に帰依し 正中2年(1325年)に大徳寺を祈願所とする院宣を発し 勅願寺とされた。
寺院としての形態が整うのはこの頃からと考えられる。
花園上皇や光厳天皇ら歴代天皇 有力貴族からの寄進を受け 元弘3年(1333年)頃には播磨国 摂津国 紀伊国などの畿内各地に加え 信濃国 下総国 美濃国のなど広範囲にわたって延7,600石の寺領を有していた。
後醍醐天皇も当寺を保護し 建武元年(1334年)には当寺を京都五山のさらに上位に位置づけるとする綸旨を発している。
また 後醍醐天皇の勅願寺とされている。
しかし 建武の新政が瓦解して室町幕府が成立すると 後醍醐天皇と関係の深かった大徳寺は足利将軍家から軽んじられ 京都五山から除かれてしまった。
その後の大徳寺は 貴族・大名・商人・文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄え 室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出している。
享徳2年(1453年)の火災 次いで応仁の乱により仏殿や法堂が消失するなどの被害がでて当初の伽藍を失って衰退したが 一休が堺の豪商・尾和宗臨らの協力を得て復興している。
また 各地の守護大名によって塔頭が建立されたりもしている。
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変で織田信長が自害した後の同年10月15日には 羽柴秀吉によって信長の葬儀が当寺で盛大に執り行われている。
翌天正11年(1583年)には秀吉によって信長の菩提寺として塔頭・総見院が創建され これ以後も秀吉や諸大名から篤い帰依を受けた。
また 諸大名による塔頭の建立が相次ぎ当寺は隆盛を極めた。




「第60回記念京の冬の旅非公開文化財特別公開」ということで今年もこの季節がやってまいりました。例年通りの本願寺や醍醐寺に加え、今年は上京区の寺院が多く、福勝寺、華光寺、光清寺が初参加。仁和寺観音堂が21年ぶりの公開と今回も見どころ満載です。大河ドラマにあやかり、豊臣家ゆかりのところが多いのも特徴ですね😊大徳寺も今回は経蔵が初公開となっております。法堂は何といっても狩野探幽筆の天井龍。まあ臨済宗の大本山はどこも天井画が素晴らしいのですがこちらもさすがです😊ちなみに大徳寺の法堂には仏像がありませんので心なしか寂しい感じもします😅法堂から経蔵までの移動中に国宝の唐門も拝むことが出来ました😊もっと近くで拝みたいところですが方丈の特別拝観でもない限り厳しいかな・・・😥方丈も国宝ですからなお厳しいか😅経蔵も内部は撮影不可のため外観のみ。京都の豪商・那波宗旦の建立。本山クラスだとみることもある回転式の八角輪蔵で、正面にはその考案者である傅大士の像がありました。善峯寺の経蔵でもお見掛けしたかな?経蔵を出て次は同じく京の冬の旅公開の大光院へ。
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京都市北区にあるお寺です。
大徳寺さんには塔頭寺院が多くあり 特別拝観の時などに巡ったつもりでいたのですが 通常非公開寺院が多く 未参拝寺院がありましたので 今回巡ることにしました。
まずは本山から。
塔頭寺院が多くあるため 境内はとても広いです。
特別拝観で公開されたことのある山門(金毛閣)は見事です。
続いて仏殿があり 拝観されているわけではないですが内部を観ることができました。
続いて法堂。こちらも以前特別拝観で公開されたことがあります。
庫裡や方丈は公開されておらず拝観できませんでした。
いつ訪れても落ち着いた雰囲気でお参りできるので 大好きな寺院の一つです。
ネット情報です。
山号は龍寶山
宗旨宗派は臨済宗大徳寺派
寺格は大本山
京都五山 → 林下
ご本尊は釈迦如来
創建年は正和4年(1315年)もしくは元応元年(1319年)
開山は宗峰妙超
です。
京都でも有数の規模を有する禅宗寺院で 境内には仏殿や法堂をはじめとする中心伽藍のほか 別院2か寺 塔頭20か寺が立ち並び 近世寺院の雰囲気を残している。
大徳寺は多くの名僧を輩出し 茶の湯文化とも縁が深く 日本の文化に多大な影響を与え続けてきた寺院である。
本坊および塔頭寺院には 建造物・庭園・障壁画・茶道具・中国伝来の書画など 多くの文化財を残している。
なお 大徳寺本坊は一般には非公開であり 塔頭も多くは非公開である。
大徳寺の開祖である禅僧・宗峰妙超は 弘安5年(1282年)に播磨国(現・兵庫県)で赤松氏の家臣・浦上一国と赤松則村(円心)の姉との間に生まれた。
11歳の時 地元の大寺院である圓教寺に入って天台宗を学ぶが 後に禅宗に目覚めて鎌倉の高峰顕日 京都の南浦紹明に参禅。
その後 数年間京都東山で修行を続けていた宗峰妙超は 正和4年(1315年)ないし元応元年(1319年)に叔父の赤松則村(円心)の帰依と寄進を受け 洛北紫野の地に小堂・大徳庵を建立した。
これが大徳寺の起源という。
花園上皇は宗峰に帰依し 正中2年(1325年)に大徳寺を祈願所とする院宣を発し 勅願寺とされた。
花園上皇や光厳天皇ら歴代天皇 中御門経継 守良親王 新田義貞などの有力貴族からの寄進を受け 元弘3年(1333年)頃には播磨国 摂津国 紀伊国などの畿内各地に加え 信濃国 下総国 美濃国のなど広範囲にわたって延7,600石の寺領を有していた。
後醍醐天皇も当寺を保護し 建武元年(1334年)には当寺を京都五山のさらに上位に位置づけるとする綸旨を発している。
また 後醍醐天皇の勅願寺とされている。
しかし 建武の新政が瓦解して室町幕府が成立すると 後醍醐天皇と関係の深かった大徳寺は足利将軍家から軽んじられ 京都五山から除かれてしまった。
至徳3年(1386年)には十刹の最下位に近い第9位とされている。
このため第二十六世養叟宗頤は 永享3年(1432年)に足利政権の庇護と統制下にあって世俗化しつつあった五山十刹から離脱し 座禅修行に専心するという独自の道をとった。
五山十刹の寺院を「叢林」(そうりん)と称するのに対し 同じ臨済宗寺院でも 当寺や妙心寺のような在野的立場にある寺院を「林下」(りんか)という。
その後の大徳寺は 貴族・大名・商人・文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄え 室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出している。
享徳2年(1453年)の火災 次いで応仁の乱により仏殿や法堂が消失するなどの被害がでて当初の伽藍を失って衰退したが 一休が堺の豪商・尾和宗臨らの協力を得て復興している。
また 各地の守護大名によって塔頭が建立されたりもしている。
侘び茶を創始した村田珠光などの東山文化を担う者たちが一休に参禅して以来 大徳寺は茶の湯の世界とも縁が深く 武野紹鴎・千利休・小堀遠州をはじめ多くの茶人が大徳寺と関係をもっている。
また国宝の塔頭龍光院密庵(みったん)など文化財に指定された茶室も多く残る。
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変で織田信長が自害した後の同年10月15日には 羽柴秀吉によって信長の葬儀が当寺で盛大に執り行われている。
翌天正11年(1583年)には秀吉によって信長の菩提寺として塔頭・総見院が創建され これ以後も秀吉や諸大名から篤い帰依を受けた。
また 諸大名による塔頭の建立が相次ぎ当寺は隆盛を極めた。
天正17年(1589年)には千利休によって作りかけであった山門の金毛閣が完成している。
利休は晩年にこの山門修築の事業を引き継いで門の上に閣を重ねて楼門を造り金毛閣を寄進した。
利休は山門を修復した後 住職の春屋宗園に山門の供養を書かせた。
その後 上層に雪駄を履いた利休の木像が安置されたことにより 豊臣秀吉が激怒して利休を切腹させたとされる。
江戸時代初期に江戸幕府の統制を受け 元住持の高僧・沢庵宗彭が紫衣事件で流罪となる圧迫を受けたが 三代将軍徳川家光が沢庵に帰依したこともあって幕府との関係ものちに回復した。
近世には「二十四塔頭・六十寮舎・子庵」あるいは「二十四塔頭・准塔頭五十九宇(「六十五宇」とも)」などと呼ばれ 末寺は25か国280余寺 末寺の塔頭130余院を数えるほど栄え 朱印地は2,011石余を有した。
この広大な寺領が大徳寺の経済的基盤であったが 明治維新後の上知令によって多くを失ってしまう。
なんとか堂宇を維持するため1878年(明治11年)に塔頭13寺を合併(事実上の廃絶) 4寺を切縮 20寺を永続塔頭とする縮小を行うものの 寺運は栄え今日に至っている。
お茶会の後、ご一緒した8名で大徳寺塔頭ツアーが自然と開催されました。
全員それぞれの視点からお寺や歴史に造詣が深いので、一緒にお参りして楽しかったです!

こちらは例の、豊臣秀吉さん千利休さんへブチ切れ切腹案件のきっかけになった門。

みなさん身近に仏師さんがいるので、御本尊にも着目して、お釈迦様だねー、でも脇侍(両サイドの仏像)がないね〜なんて、会話が自然と起こっていて楽しかった

京都市北区にあるお寺です。
織田信長の葬儀を豊臣秀吉が執り行ったことで有名なお寺です。
境内塔頭をいくつもおもちで 塔頭や山門の特別拝観があります。
山号は龍寶山 宗旨宗派は臨済宗大徳寺派 寺格は大本山 元京都五山 ご本尊は釈迦如来 創建年は正和4年(1315年)もしくは元応元年(1319年) 開山は峰妙超です。
この日は総見院が特別拝観されていましたが 以前お参りしましたので 今日は門前で手を合わせるだけにしました。
大徳寺は特別拝観ではにのですが 仏殿を覗き見ることができました。
ご本尊の釈迦如来坐像を拝顔できたのは嬉しかったです。
天井画は狩野元信による飛天図です。
いつお参りしても 参拝者がいらっしゃるお寺です。
広い境内をのんびり歩くのは気持ちの良いものです。






京都市北区にあるお寺です。
「京の冬の旅」で 法堂と仏殿が特別公開されるのでお参りしました。
大徳寺は駐車場もあり お参りしやすいですし 塔頭もたくさんあって見どころ満載でもあります。
山号は龍寶山 宗旨宗派は臨済宗大徳寺派 寺格は大本山 (もと京都五山) ご本尊は釈迦如来です。
普通にお参りした時には 仏殿も法堂も外観を見ることしかできず 中は全く見ることができませんでしたので 今回の特別公開はとても楽しみでした。
写真撮影は禁止ですので 撮ることはできませんでしたが とても歴史ある天井画を見ることができました。
仏殿の 狩野元信筆の「天人散華図」は色がだいぶ落ちてしまっていて いつまでもつのか不安でした。
法堂の 狩野探幽筆の「雲龍図」は見事な睨みをきかせていました。
鳴き龍としても有名で 手をたたくと共鳴音が響きました。
大徳寺の歴史は書くのが長すぎるので 乱暴ですが 一部だけをまとめました。
大徳寺は 座禅修行に専心する厳しい禅風を特色としている林下(幕府の庇護を受けない)の寺院として 五山の気風を快く思わない禅僧たちが集う場だったそうです。
妙心寺もその一派です。
大徳寺は 貴族・大名・商人・文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄え 室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出しました。
享徳2年(1453年)の火災 そして応仁の乱による被害で当初の伽藍を焼失しましたが 一休宗純が堺の豪商・尾和宗臨らの協力を得て復興しました。
また 各地の守護大名によって塔頭が建立されたりもしています。
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変で 織田信長が自害した後の同年10月15日には 羽柴秀吉によって信長の葬儀が当寺で盛大に執り行われています。
翌年には秀吉によって信長の菩提寺として 塔頭・総見院が創建されています。
日本各地に織田信長の墓所がありますが 総見院はその中で別格の寺院とも言えます。
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