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だいとくじ|臨済宗大徳寺派大本山龍寶山

大徳寺のお参りの記録一覧
京都府 北大路駅

穏暖
穏暖
2024年05月17日(金)
636投稿

好天の中、特別拝観中の大徳寺へ。

大徳寺の歴史・由緒はすでにこのページあるので割愛。通常非公開の寺院ですが、春の特別拝観で参拝しました。特別拝観中は内部・外観問わず写真NGなので、写真は外から撮ったものです。

境内は非常に広大。通常は近づけない金毛閣を潜り、唐門の拝観できました。また、仏殿と法堂も内部に入れました。よき一日。

大徳寺の御朱印

御朱印いただきました。

大徳寺(京都府)

勅使門。

大徳寺(京都府)

山門(金毛閣)。

大徳寺(京都府)

横から。

大徳寺(京都府)

仏殿。

大徳寺(京都府)

仏殿内部。

大徳寺(京都府)

仏殿を横から。

大徳寺(京都府)

仏殿から法堂への回廊。

大徳寺(京都府)

法堂(だと思います、、)

大徳寺(京都府)

唐門。鮮やか。

大徳寺(京都府)

大徳寺境内。時間が止まったかのようです。

大徳寺(京都府)

庫裏入り口。寺務所も兼ねてます。

大徳寺(京都府)

庫裏。右手は方丈へ続きますが、修復中です。

大徳寺(京都府)

境内。塔頭寺院です。

大徳寺(京都府)

境内。

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年01月20日(土)
2064投稿

京都市北区にあるお寺です。
「京の冬の旅」で 法堂と仏殿が特別公開されるのでお参りしました。
大徳寺は駐車場もあり お参りしやすいですし 塔頭もたくさんあって見どころ満載でもあります。
山号は龍寶山 宗旨宗派は臨済宗大徳寺派 寺格は大本山 (もと京都五山) ご本尊は釈迦如来です。
普通にお参りした時には 仏殿も法堂も外観を見ることしかできず 中は全く見ることができませんでしたので 今回の特別公開はとても楽しみでした。
写真撮影は禁止ですので 撮ることはできませんでしたが とても歴史ある天井画を見ることができました。
仏殿の 狩野元信筆の「天人散華図」は色がだいぶ落ちてしまっていて いつまでもつのか不安でした。
法堂の 狩野探幽筆の「雲龍図」は見事な睨みをきかせていました。
鳴き龍としても有名で 手をたたくと共鳴音が響きました。

大徳寺の歴史は書くのが長すぎるので 乱暴ですが 一部だけをまとめました。
大徳寺は 座禅修行に専心する厳しい禅風を特色としている林下(幕府の庇護を受けない)の寺院として 五山の気風を快く思わない禅僧たちが集う場だったそうです。
妙心寺もその一派です。
大徳寺は 貴族・大名・商人・文化人など幅広い層の保護や支持を受けて栄え 室町時代以降は一休宗純をはじめとする名僧を輩出しました。
享徳2年(1453年)の火災 そして応仁の乱による被害で当初の伽藍を焼失しましたが 一休宗純が堺の豪商・尾和宗臨らの協力を得て復興しました。
また 各地の守護大名によって塔頭が建立されたりもしています。
天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変で 織田信長が自害した後の同年10月15日には 羽柴秀吉によって信長の葬儀が当寺で盛大に執り行われています。
翌年には秀吉によって信長の菩提寺として 塔頭・総見院が創建されています。
日本各地に織田信長の墓所がありますが 総見院はその中で別格の寺院とも言えます。

大徳寺(京都府)

総門

大徳寺(京都府)

冬の今日の旅 看板

大徳寺(京都府)

勅使門

大徳寺(京都府)

勅使門内側から

大徳寺(京都府)

法堂

大徳寺(京都府)
大徳寺(京都府)

中は撮れないので

大徳寺(京都府)

法堂から仏殿への道

大徳寺(京都府)

法堂を外から 少し内側が映ってしまったか

大徳寺(京都府)

仏殿裏側

大徳寺(京都府)

仏殿から法堂を見て

大徳寺(京都府)

勅使門からの仏殿(ほぼ見えないか)

大徳寺(京都府)

山内図

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タンホイザ
タンホイザ
2023年10月30日(月)
3606投稿

1325年宗峰妙超(大燈国師)の創建。
1453年の火災、応仁の乱の兵火で伽藍を焼失。
その後一休宗純が復興した。
1582年本能寺の変で自害した織田信長の葬儀が行われたことでも知られる。
山門(三門)は元々一層であったが、1589年千利休が上層を建築し二層となった。ここに雪駄を履いた利休の木像が安置されていたため、門を通る者は利休の足下をくぐることになり、豊臣秀吉の怒りを買い利休切腹の一因となったとされる。
方丈(1635年)、玄関(1636年)、唐門(桃山時代)は国宝、仏殿(1665年)、法堂(1636年)、経蔵(1636年)、鐘楼(1583年)、庫裏(1636年)、寝堂(1630年)、廊下(1636年)、侍真寮(室町時代後期)、山門(三門・金毛閣、1589年)、勅使門(慶長年間(1596年~1614年)御所の門を御水尾天皇から下賜され1640年移築)、浴室(1622年)は重文指定されている。

大徳寺(京都府)

庫裏

大徳寺(京都府)

庫裏

大徳寺(京都府)

勅使門

大徳寺(京都府)

山門

大徳寺(京都府)

山門

大徳寺(京都府)

山門

大徳寺(京都府)

浴室

大徳寺(京都府)

仏殿

大徳寺(京都府)

仏殿

大徳寺(京都府)

仏殿

大徳寺(京都府)
大徳寺(京都府)
大徳寺(京都府)

法堂

大徳寺(京都府)
大徳寺(京都府)

鐘楼(重文ではない方)

大徳寺(京都府)

鐘楼(重文ではない方)

大徳寺(京都府)

総門

大徳寺(京都府)

梶井門

大徳寺(京都府)

南門

大徳寺(京都府)

龍源院表門(重文)

大徳寺の山門

龍源院表門(重文)

大徳寺(京都府)

龍源院

大徳寺(京都府)

黄梅院

大徳寺(京都府)

黄梅院

大徳寺(京都府)

黄梅院庫裏(重文)

大徳寺(京都府)

黄梅院

大徳寺(京都府)

養徳院

大徳寺(京都府)

瑞峯院表門(重文)

大徳寺の山門

瑞峯院表門(重文)

大徳寺(京都府)

興臨院表門(重文)

大徳寺(京都府)

興臨院表門(重文)

大徳寺(京都府)

興臨院

大徳寺(京都府)

興臨院

大徳寺(京都府)

三玄院

大徳寺の建物その他

三玄院

大徳寺(京都府)

瑞雲軒

大徳寺の山門

聚光院

大徳寺(京都府)

聚光院

大徳寺(京都府)

真珠庵

大徳寺(京都府)

真珠庵

大徳寺(京都府)

大仙院

大徳寺(京都府)

大仙院

大徳寺(京都府)

大仙院

大徳寺(京都府)

大仙院(重文)

大徳寺(京都府)

芳春院

大徳寺(京都府)

芳春院

大徳寺(京都府)

芳春院

大徳寺(京都府)

総見院

大徳寺(京都府)

孤篷庵

大徳寺(京都府)

孤篷庵

大徳寺(京都府)

高桐院

大徳寺(京都府)

高桐院

大徳寺(京都府)

高桐院

大徳寺(京都府)

玉林院

大徳寺(京都府)

玉林院

大徳寺(京都府)

龍光院

大徳寺(京都府)

大光院

大徳寺(京都府)

正受院

大徳寺(京都府)

正受院

大徳寺(京都府)

大慈院

大徳寺(京都府)

大慈院

大徳寺の山門

徳禅寺

大徳寺(京都府)

徳禅寺

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らんでぃー
らんでぃー
2023年04月29日(土)
369投稿

今宮神社から徒歩で、続いて向かうは臨済宗大徳寺派大本山の寺院、大徳寺です。 正和4年(1315年)、宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)によって開山とされ、境内には別院2ヶ寺、塔頭22ヶ寺が現存する京都でも屈指の規模を誇る禅宗寺院ですが、叢林(そうりん)では無く林下(りんか)です。 応仁元年(1467年)に起こった応仁の乱の兵火によって当初の伽藍の大半が焼失、一時荒廃してしまいますが、「一休さん」のモデルになった一休宗純(いっきゅうそうじゅん)が、文明年間(1469~87年)に堺の豪商・尾和宗臨(おわそうりん)の援助を受けて再興します。 天正10年(1582年)には羽柴秀吉(はしばひでよし)が本能寺の変で自害した織田信長(おだのぶなが)の葬儀を営み、その後信長の菩提を弔う為に塔頭・総見院を建立、併せて寺領を寄進したのを契機に、前田利家(まえだとしいえ)や細川忠興(ほそかわただおき)、大友宗麟(おおともそうりん)など名立たる戦国大名による塔頭建立が相次ぎ、隆盛を極めていきます。 また、天正17年(1589年)には千利休(せんのりきゅう)によって山門の修築が行われ、門の上に閣を重ねた楼門は「金毛閣」と名付けられました。 この山門、一説によると千利休が秀吉に切腹を命じられる一因となったとも謂われており、秀吉ら身分の高い人間も通る山門の上層部に利休自身の雪駄履きの木像を設置したことが、秀吉の怒りを買ってしまったとする説は有名です。 法堂や唐門とならび三門・金毛閣は通常非公開ですが、立入禁止区域の外からその外観は見ることができます。 御朱印は宗務本所という場所で頂けるのですが、立ち入り禁止の柵があり最初、中に入っていいものか躊躇してしまいましたが奥に入り庫裏の扉を開けると、お寺の方が対応をしてくださいますので安心してください。御朱印、無事拝受できました。

大徳寺(京都府)

大徳寺・宗務本所

大徳寺(京都府)

大徳寺・勅使門

大徳寺の山門

大徳寺・山門
 金毛閣

大徳寺(京都府)

大徳寺・山門
 金毛閣

大徳寺の建物その他

大徳寺・法堂

大徳寺の建物その他

大徳寺・鐘楼

大徳寺(京都府)

御朱印・本朝無双禅苑

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赤トリイ
赤トリイ
2022年05月13日(金)
473投稿

千利休ゆかりの大徳寺に参拝。山門の金毛閣に安置された千利休の木像が不敬だと言われ切腹の原因になったらしい。御朱印は宗務本所にて書置きのものをいただきました。

大徳寺の山門

大徳寺〜勅使門

大徳寺(京都府)

大徳寺〜山門(金毛閣)
ここに安置された千利休の木像が不敬であると切腹の原因になった

大徳寺の御朱印
大徳寺の山門

大徳寺〜総門

大徳寺の山門

宗務本所〜ここで御朱印をいただける

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