だいとくじ|臨済宗大徳寺派大本山|龍寶山
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大徳寺 本坊の伽藍特別公開(~6/4まで)に参拝しました!
着いてすぐ大徳寺茶所へ行き申し込み、時間を潰してから集合場所へ。
約20名ごとに入場し、ツアー形式で約40分ほどの拝観。
方丈やその庭園は大規模な修復中のため観ることができず残念でしたが、通常非公開の伽藍を間近で、しかも解説付きで参拝できたのは至福でした!
大徳寺さんは塔頭も含めて数回お伺いしたことがありますが、日本史好きでお庭好きな私には堪りません。
拝観謝絶の塔頭もあったり、通常非公開だったり、公開してても撮影禁止だったりしますが(笑)
それも含めて楽しめます!
ちなみに御朱印は、宗務本所にて書き置きをいただきました。
宗務本所の門に「拝観できません」とありますが、よく見ると御朱印の案内がありました。


今宮神社から徒歩で、続いて向かうは臨済宗大徳寺派大本山の寺院、大徳寺です。 正和4年(1315年)、宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)によって開山とされ、境内には別院2ヶ寺、塔頭22ヶ寺が現存する京都でも屈指の規模を誇る禅宗寺院ですが、叢林(そうりん)では無く林下(りんか)です。 応仁元年(1467年)に起こった応仁の乱の兵火によって当初の伽藍の大半が焼失、一時荒廃してしまいますが、「一休さん」のモデルになった一休宗純(いっきゅうそうじゅん)が、文明年間(1469~87年)に堺の豪商・尾和宗臨(おわそうりん)の援助を受けて再興します。 天正10年(1582年)には羽柴秀吉(はしばひでよし)が本能寺の変で自害した織田信長(おだのぶなが)の葬儀を営み、その後信長の菩提を弔う為に塔頭・総見院を建立、併せて寺領を寄進したのを契機に、前田利家(まえだとしいえ)や細川忠興(ほそかわただおき)、大友宗麟(おおともそうりん)など名立たる戦国大名による塔頭建立が相次ぎ、隆盛を極めていきます。 また、天正17年(1589年)には千利休(せんのりきゅう)によって山門の修築が行われ、門の上に閣を重ねた楼門は「金毛閣」と名付けられました。 この山門、一説によると千利休が秀吉に切腹を命じられる一因となったとも謂われており、秀吉ら身分の高い人間も通る山門の上層部に利休自身の雪駄履きの木像を設置したことが、秀吉の怒りを買ってしまったとする説は有名です。 法堂や唐門とならび三門・金毛閣は通常非公開ですが、立入禁止区域の外からその外観は見ることができます。 御朱印は宗務本所という場所で頂けるのですが、立ち入り禁止の柵があり最初、中に入っていいものか躊躇してしまいましたが奥に入り庫裏の扉を開けると、お寺の方が対応をしてくださいますので安心してください。御朱印、無事拝受できました。
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