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だいとくじ|臨済宗大徳寺派大本山龍寶山

大徳寺のお参りの記録一覧
京都府 北大路駅

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福めぐり
福めぐり
2025年06月22日(日)186投稿

2020年の参拝です。

大徳寺の御朱印

大徳寺の御朱印を書置きでいただきました。

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かもちゃん
かもちゃん
2020年10月04日(日)3286投稿

平成26年10月4日(土)
京都市北区紫野の大徳寺にお参り。本坊を特別拝観

京都市内北部を散策し、大徳寺の特別拝観に立ち寄った後に北野天満宮のずいき祭へ。
玄武神社→大徳寺→孤篷庵→法輪寺→椿寺→大将軍八神社→北野天満宮(ずいき祭)

 今回の特別公開では、大徳寺本坊と孤ほう庵(「ほう」は、たけかんむりに逢)が公開されている。 
 本坊は9時半からなんだけど、その10分前に行ったら、既に20人くらい集まっている。この本坊には、御朱印をいただくために入口まで入ったことがあり、竃を見て、すごい!と思ったことがあります。
 枯山水のお庭を前にして解説を聞く。どうやら解説は30分ごとに行うらしい。本坊の裏の方には、火事のときに開山僧の像の首の部分だけ外して投げ込むための井戸というのがあって、興味深い。隣の真珠庵の屋根だけ見えます。食堂(じきどう)が廊下を兼ねているという話は面白い。階段の板が合理的だというのは、それが本当に合理的なのかしら?とも思う。
 法堂(はっとう)の天井の狩野探幽の龍の図を拝観。あちこちのお寺に天井の龍がいて、どれがどれだかわからなくなってきているのだけど、こちらの龍もなかなかすごいです。
 そして、今回の最大の見ものはやはり唐門。もともと聚楽第にあった門を移したもので、後の日光東照宮陽明門作成の参考にされたものとのこと。いやあ、それにしても、これはすばらしい!孔雀がちゃんと阿吽になっています。莫や蜃といった想像上の動物もなかなかかわいらしい。なるほどこれはすばらしいね。

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garu
garu
2017年09月14日(木)615投稿

ここも大きなお寺さんですよね。紫野と言う場所にあります。
京都では「野」がつく場所は墓地か遺体放置所と言うイメージが私の中にあります。
先の方の記事で一休禅師が開いたお寺さんだというのなら、なんか納得できますね。彼はアニメとは違って非常に反骨精神旺盛な僧侶でした。
残っている書を見ても、「きっとこの人は偏屈で一言いえば理詰めで反論するような人だったのだろうな」って感じでした。

(余談ですが、奈良興福寺の蓮華写経の見本文字は一休さんです)

ここのひと際目立つ真っ赤な三門ですが、ここに千利休が自分の像を入れたのが元で秀吉に処刑されたと言われて居ますが、実は諸説ありましてね、像を作って入れろと言ったのはお茶々だったとか大河でありましたよね(笑)

実はそんな話では無かったんですって。
利休は堺で南蛮貿易をしていました。当時種子島と言う銃が武将の間で広まりましたが、弾薬を作れなかったらしいです。
(弾薬と言うのは人糞を使って作るんじゃなかったかなぁ・・・。スミマセンはっきり覚えてないです)
その弾薬を買い付けていたのが利休だった。(この辺りは大河でも表現されてましたっけ?)
こっからです。
実はその取引に相手はお金ではなく日本女性を要求していたって知ってました?
樽一個に女性が何人だっけか・・・。
利休は人身売買をしてたんです。その頃沢山の売られてきた女性やか拉致された女性が弾薬と交換で海外に売られていったんです。
それを聞きつけ、秀吉は激怒したという説があります。

利休は国籍も疑わしいという噂もある人で、なかなかの食わせ物です(苦笑)

まぁ、でも一般にはここの門に上げられた像が原因と言うのが通説です。
そんな歴史の表舞台に度々出てくる大徳寺。
ここからの眺めは当時と変わらないそうです(高い建物が周辺に無いので)
当時と同じ風景を眺めながら歴史を紐解くのも一興かと。

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