たいまつでんいなりじんじゃ
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京都の豊国神社から帰る途中、京阪電車の地下への入り口入ろうとして気付きました。
お稲荷さんは縁があるタイプなので、まずはご挨拶!
どうやら復興中のようです。
それでも主要なものは復興済みらしく、往年の姿にもどるには、もう少し皆さんの援助が必要なようですね。
しっかりお参りして、寄付金の振り込み用紙が置いてありましたので、いただき、お金貯まったら振り込もうと思い帰りました。

本殿

御由緒

神門

京都市下京区にある神社です。
伏見稲荷大社の境外末社で 田中社とも言われます。
鴨川に架かる七条大橋のたもとに鎮座されています。
ご祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冊命(いざなみのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)です。
このほか現在 天智天皇像(木像)、大友皇子像(木像)を安置しています。
天暦2年(948)に創始され 同10年(956)勅により燎祭(りょうさい)が行われ その時「炬火(たいまつ)殿」の号を賜ったことに由来すると伝えられます。
手水と井戸がならんであり このスタイルは初めてみました。






手水と井戸が並んでいます

説明する新聞記事

歴史
伏見稲荷大社の境外末社で田中社ともいう。
平安時代の天暦二年(947)に創始され、社名は、同十年(956)、勅により燎祭が行われた際に「炬火殿」の号を賜ったことに由来すると伝えられる。また、江戸時代に出された「都名所図会」には、伏見稲荷大社の春の稲荷祭のとき、当神社の氏子が松明をともしてその神輿を迎えていたことから、「松明殿」の名で呼ばれたと記されている。
はじめ、黒門通塩小路辺りにあったが、その後、七条東洞院などを経て、宝永八年(1711)現在の地に移ったとされる。
大己貴命、伊弉諾命、伊弉冊命、猿田彦命、倉稲魂命を祭神とし、天智天皇像(木像)及び大友皇子像(木像)を安置する。また、境内西側には五条坂の安祥院の僧で、日ノ岡峠の改修、亀の水遺跡などで知られる江戸時代中期の僧・木食正禅養阿の銘のある手洗石及び井戸がある。
| 名称 | 松明殿稲荷神社 |
|---|---|
| 読み方 | たいまつでんいなりじんじゃ |
| 通称 | 田中社 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《合》天智天皇,大友皇子,《主》大己貴命,伊弉諾命,伊弉冊命,猿田彦命,倉稲魂命 |
|---|---|
| 創建時代 | 天暦二年(947) |
| ご由緒 | 伏見稲荷大社の境外末社で田中社ともいう。
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