けんこういん|浄土宗西山禅林寺派|慈眼山
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極楽寺を跡にして北上、そういえば西山国師ゆかりのお寺があったなあと思ったらありましたのでお参り。国師終焉の地なので霊場御朱印あるかもといつも通りに突撃。西山国師の終焉の地とお見かけしたのでお参りできますかと訪ねたら墓地の方へ案内していただけました。お墓の前で西山国師霊場の話や今の仏教のお話など色々長話、気がつけば一時間近く話し込んでいたかも😅御本尊は十一面観音とのことでお参りできますか?と今更ながらお願いしたらこちらも快諾いただけました😊観音様はなかなかの大きさで等身大ぐらい。一度修繕に出されたとのことですが由緒を示すものは出てこなかったとのこと。それでも室町時代の作とのことで京都でなければ文化財であってもおかしくはないものではありますが・・・😅最後に御朱印をお尋ねすると「郵送しますよ」とのことでしたのでお言葉に甘えて。西山上人霊場初めたらまたお尋ねしますとお伝えしおいとまいたしました😄
山門
「西山国師終焉の地」石標
毘沙門天と地蔵尊。こちらは檀家さんのものだそうです。
本堂
西山国師墓所
墓所前石標
玄関前のたぬきさん
京都市東山区にあるお寺です。
念佛寺から南に下っている際にお見掛けしましたのでお参りしました。
山門に柵があって中には入れないようになっているのですが すぐ横の道が境内につながっていたので少しだけお邪魔させていただきました。
見たところ建物は1つでしたので こちらが本堂になるのでしょうか。
すぐ脇には 毘沙門天と延命地蔵様をお祀りしていました。
ネット情報です。
山号は慈眼山 宗旨宗派は浄土宗西山禅林寺派 ご本尊は十一面観音 創建年は正治3年(1201年) 開山は証空 開基は九条道家です。
建久5年(1194年)に関白九条兼実によって仏師快慶に作らせた釈迦如来と阿弥陀如来の像を 自らの別邸・月輪殿に祀ったことに始まる。
その後 正治3年(1201年)に兼実の孫である九条道家が開基となり 兼実が帰依する法然の弟子・証空(浄土宗西山派の派祖)を招いて開山とし 月輪殿で祀られていた釈迦如来と阿弥陀如来の像を本尊として法性寺内に新たに寺院として整備し 遣迎院(けんごういん)と名付けて創建された。
院名の「遣迎」は 発遣の釈迦と来迎の阿弥陀 つまり西方極楽浄土へ送り出す釈迦と迎え取る阿弥陀の両如来を本尊とすることによる。
宝治元年(1247年)11月には証空は当院で亡くなっている。
後に天台・真言・律・浄土を学ぶ四宗兼学の道場として大いに栄えた。
山門からは入れませんが
石柱
寺標
建物はこちらだけ
毘沙門堂と延命地蔵堂
遣迎院は2ヶ所あります。
今回、お参りしたのは、東山区(東福寺の近く)の遣迎院で、南遣迎院とも言われています。
もともと遣迎院があった場所は1583年(天正13年)豊臣秀吉が大仏殿の敷地と定めた為、移転を余儀なくされました。その為南遣迎院(慈眼院)と遣迎院に別れ、遣迎院は御所の東にある北之辺町に移り、今は北区鷹峯光悦町にあります。
浄土宗の西山派の派祖。法然の高弟である証空の終焉の地です。
釈迦、弥陀の遣迎二尊の像を本尊としたことから遣迎院と称されたようです。山号は慈眼山。
浄土宗西山禅林寺派、ご本尊は十一面観世音菩薩。
西山国師(証空)遺跡霊場第10番札所。
名称 | 遣迎院 |
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読み方 | けんこういん |
通称 | 南遣迎院 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 075-541-9564 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
巡礼の詳細情報
西山国師遺跡霊場 第10番 | 御本尊:観世音菩薩 御詠歌: ここにやり かしこに呼ぶを 聞くからは この身このまま 喜びぞ湧く |
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詳細情報
ご本尊 | 十一面観音菩薩 |
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山号 | 慈眼山 |
院号 | 遣迎院 |
宗旨・宗派 | 浄土宗西山禅林寺派 |
創建時代 | 正治3年 1201年 |
開山・開基 | 開山 証空上人 開基 九条道家 |
ご由緒 | 東福寺の南西に位置し、証空の終焉の地になる。
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体験 | 御朱印有名人のお墓 |
Wikipediaからの引用
概要 | 遣迎院(けんこういん)は、京都市東山区にある浄土宗西山禅林寺派の寺院。山号は慈眼山。本尊は十一面観音。南遣迎院とも称される。証空(西山国師)終焉の地である。 |
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歴史 | 歴史[編集] 当院のそもそもの始まりは、建久5年(1194年)に関白九条兼実によって仏師快慶に作らせた釈迦如来と阿弥陀如来の像を、自らの別邸・月輪殿に祀ったことに始まる。その後、正治3年(1201年)に兼実の孫である九条道家が開基となり、兼実が帰依する法然の弟子・証空(浄土宗西山派の派祖)を招いて開山とし、月輪殿で祀られていた釈迦如来と阿弥陀如来の像を本尊として法性寺内(あるいは白河の地という説もある)に新たに寺院として整備し、遣迎院(けんごういん)と名付けて創建された。院名の「遣迎」は、発遣(はっけん・ほっけん)の釈迦と来迎の阿弥陀、つまり西方極楽浄土へ送り出す釈迦と迎え取る阿弥陀の両...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「遣迎院 (京都市東山区)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%81%A3%E8%BF%8E%E9%99%A2%20%28%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%E6%9D%B1%E5%B1%B1%E5%8C%BA%29&oldid=92194425 |
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