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だいれんじ|浄土宗引接山

大蓮寺
京都府 東山駅

御朱印について
御朱印
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巡礼

その他の巡礼の情報

洛陽三十三箇所観音霊場第8番札所

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くるくるきよせん
2024年03月24日(日)
1444投稿

京都市左京区にあるお寺です。
出会いました 小さいお寺ながらウィキペディアに載るほどの由緒をもつお寺に。
山門の横に木の看板があります。これに出会うと心躍ります。
こちらは 京都市が観光者用(?)に作った由緒書だと思います。
(まだ禊が終わっていないと思い)山門から2歩だけ境内に入らせていただきました。
お庭では 蓮だと思うのですが 鉢で育てていらっしゃるようでした。
山門の欄間(でいいのかな)には 狛犬の彫刻が施されていました。
山号は引接山(いんじょうざん) 院号は極楽院 宗旨は浄土宗 ご本尊は阿弥陀如来(円仁(慈覚大師)作と伝わる) 創建年は慶長5年(1600年) 開山は専蓮社深誉上人です。
本堂には洛陽三十三所観音霊場第8番札所本尊の十一面観音も祀られています。

ウィキペディアに載っているのですから 借稿いたします。
この寺は、慶長5年(1600年)深誉が現在の京都市下京区に創建したのに始まる。伝承によると、慶長5年のある日、深誉は伏見の地で金色に輝く阿弥陀如来を見出し、誰も供養する者がないことをもったいなく思い、持ち帰って五条に仏堂を建て安置した、これが大蓮寺であるという。しかし、後になってこの阿弥陀如来は真如堂(真正極楽寺)の阿弥陀如来であることがわかり、真如堂に訴えられて返還することになった。残念に思った深誉が二十一日間の念仏を修したところ、最後の夜に旅の僧があらわれ共に念仏するが、次の朝には旅の僧の姿はなく、その代わりに本尊の阿弥陀如来が分かれて二体になっていた。一体は真如堂に返還し、もう一体はこれまで通り、大蓮寺の本尊として祀った。
その後、後光明天皇の夫人である典侍庭田秀子が難産に苦しんでいたため、大蓮寺に安産祈願の勅命が下った。祈願の甲斐あって第一皇女の孝子内親王は無事出生。後光明天皇崩御の後は有栖川職仁親王がその信仰を受け継ぐ。その縁で寺紋は有栖川宮紋となっている。
安産祈願の寺としても有名です。

大蓮寺(京都府)

立派な山門の横に 京都市の由緒看板がありました (これが当たりの印です)

大蓮寺(京都府)

由緒書

大蓮寺(京都府)

寺標

大蓮寺(京都府)

境内の様子

大蓮寺(京都府)

山門の彫刻

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歴史

当寺は慶長五年(1600)専蓮社深誉上人により下京区に開基された寺院で、宗派は法然上人の専修念仏の教えを旨とする浄土宗です。
戦時中の強制疎開によりこの地に移されました。
本堂には通称あんさん(安産)阿弥陀如来が本尊として祀られています。後光明天皇(1633-1654)が安産の祈願を勅命し孝子内親王が無事御出産されたことにより、以降安産勅願所として、女性の信仰を集める事になります。
開基以来祇園社とも縁が深く、明治の廃仏毀釈の時は同社観慶寺にあった仏像は全て移されており、その中に祇園社本地仏の薬師如来(重文)や、洛陽三十三所観音霊場八番の十一面観音、洛陽十二社の夜叉神明王があり、今でも本堂内に安置されております。
明治・大正時代、都の街を駆け巡った不思議な僧「走り坊さん」の寺としても知られており、最近ではその強靭な足腰に肖るためにお参りする人も増えています。

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大蓮寺の基本情報

住所京都府京都市左京区正往寺町457
行き方

京阪電車三条京阪駅より徒歩15分

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名称大蓮寺
読み方だいれんじ
参拝時間

9:00〜16:30

参拝料

なし

トイレ授与所前にあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号075-771-0944
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.anzan-no-tera.jp/
絵馬あり

巡礼の詳細情報

洛陽三十三所観音霊場

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号引接山
院号極楽院
宗旨・宗派浄土宗
創建時代慶長五年(1600)
開山・開基専蓮社深誉和尚
文化財

薬師如来(重要文化財)

ご由緒

当寺は慶長五年(1600)専蓮社深誉上人により下京区に開基された寺院で、宗派は法然上人の専修念仏の教えを旨とする浄土宗です。
戦時中の強制疎開によりこの地に移されました。
本堂には通称あんさん(安産)阿弥陀如来が本尊として祀られています。後光明天皇(1633-1654)が安産の祈願を勅命し孝子内親王が無事御出産されたことにより、以降安産勅願所として、女性の信仰を集める事になります。
開基以来祇園社とも縁が深く、明治の廃仏毀釈の時は同社観慶寺にあった仏像は全て移されており、その中に祇園社本地仏の薬師如来(重文)や、洛陽三十三所観音霊場八番の十一面観音、洛陽十二社の夜叉神明王があり、今でも本堂内に安置されております。
明治・大正時代、都の街を駆け巡った不思議な僧「走り坊さん」の寺としても知られており、最近ではその強靭な足腰に肖るためにお参りする人も増えています。

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