あそじんじゃ
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阿蘇神社
~ 楼門 令和5年12月完成予定
巨大狛犬さま 阿蘇ミルクロード ~
主祭神 健磐龍命
阿蘇都比咩命
社格 式内社(名神大1社・小1社)
肥後国一宮
旧官幣大社
別表神社
創建 第7代孝霊天皇9年
例祭 7月28日
阿蘇十二明神
式内社、肥後国一宮。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の
別表神社。
全国に約523社ある「阿蘇神社」の総本社。
古代からの有力氏族である阿蘇氏が大宮司を務められ、現在も末裔の阿蘇治隆大宮司であられるという歴史を誇ります。
阿蘇神社楼門
阿蘇神社の入り口にあり、高さが18mの珍しい仏閣の様式で建てられた二層楼山門式。
明治初年の神仏分離以前は神仏習合(神宮寺は天台宗の青龍寺)、国指定重要文化財。
#日本三大楼門
#鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)
#筥崎宮(福岡県福岡市)
#阿蘇神社(熊本県阿蘇市)
いずれの神社も、歴史を有する一之宮であり、美しい楼門は格式の証です。
その楼門と拝殿が、2016年4月16日に起きた
熊本地震により全壊しました。
願掛け石
拝殿の右手、古代より神石として伝承保存されています。時期は不明ですが、参拝者たちが石に3回なでてから、願い事を唱える様になりました。
縁結びの松
謡曲「高砂の松」に因んだ、同名の松。男性は左から2回、女性は右から2回まわるとご利益があるとされます。
「教育二関スル勅語」の記念碑
明治二十三年十月三十日、明治天皇が建立。
熊本県出身の第二代内閣法制局長官井上毅氏と枢密顧問官元田永孚氏らが起草した教育勅語の記念碑は、阿蘇神社の「せのび石」の隣に建てられています。
楼門は、高さ24メートルの「素屋根(すやね)」の中で復旧工事が進められてきました。
特別公開(3月5日~12日)は、素屋根の解体が始まるのを前に、「今しか見ることのできない姿」を楽しんでもらおうと企画されました。
内部の足場に上がれば、銅板ぶきの屋根や破風も手を伸ばせば届くほど間近に見学できたそうです。
特別公開は、ガイドつきで足場にのぼる階上見学と、1階部分のルートをめぐる一般見学があり、いずれも無料。
「旅のよろこび社」(096・345・0811)。
ほぼ完成で、12月から公開。 来年の初詣で熊本の皆さまにお慶びが戻りますことを大変嬉しく思います。
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#熊本地震からの復興へ
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熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1
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JR豊肥本線の宮地駅から約1キロ歩いて向かいました。
最初に見えて来たのは立派な楼門…
いや、工事の囲いに描かれた大きな楼門でした。
熊本地震で倒壊した楼門は復旧工事中でした。
神職の方に話をお聞かせ頂いたところ、拝殿なと6棟倒壊し、楼門は今年中には完成予定とのこと。ご本殿は何とか修繕できたそうです。本殿を建て替えなくて済んだのは、神様が自身を守ったんでしょうか。
参拝日は2月3日で節分祭の日でした。全国的にも珍しい「鬼は外」と言わない節分祭です。17時から拝殿内に入り、参列させて頂きました。私は電車の時間の都合で途中退席しましたが、節分祭では、みんなの疫神を降ろして、護摩木に封じて焼き、この護摩木を撒いて、みんなが競うように拾って家に持ち帰るとのことです。
本当に最後まで見たかったです。

【肥後國 式内社巡り】
阿蘇神社(あそ~)は、熊本県阿蘇市一の宮町宮地にある神社。式内社(名神大社)で、肥後國一之宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は、健磐龍命、國龍神、彦御子神、新彦神、若彦神(左手の一の神殿、いずれも男神)、阿蘇都比咩命、比咩御子神、若比咩神、新比咩神、彌比咩神(右手の二の神殿、いずれも女神)、十一宮、十二宮(最奥の諸神殿、いずれも男神)。一の神殿、二の神殿、三の神殿、楼門(修復中)、神幸門、還御門の6件が国指定の重要文化財。
社伝によると、孝霊天皇9年(紀元前282年)に主祭神・健磐龍命の御子で初代阿蘇国造となる早瓶玉命が、父親である健磐龍命と母親である阿蘇都比咩命を祀ったことに始まる。国史では、平安時代の859年に「健磐龍命神」の、875年には「阿蘇都比咩神」の神階昇叙の記載がある。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「阿蘇國 阿蘇郡 健磐龍命神社 名神大」と「阿蘇國 阿蘇郡 阿蘇比咩神社 小」の2社に比定されている。
中世以降は肥後國一之宮として崇敬を受け、広大な社領を有したが、豊臣秀吉の九州平定の際に社領を没収された。その後、領主となった加藤清正、熊本藩主として入国した細川氏から崇敬を受け、社殿の修造、社領の寄進が行われた。明治時代に入り、近代社格制度のもと国幣中社に列格し、1890年に官幣中社、1914年に官幣大社に昇格した。なお、2016年4月16日に発生した熊本地震により楼門と拝殿が全壊し、境内3カ所の神殿も損壊した。現在復旧工事中で、2023年末まで実施される。
当社は、JR豊肥本線・宮地駅の北方1kmあまりの平地、住宅などが疎らに建つ市街地にある。東向きに建つ社殿の造りは独特で、南北に長い一繋がりの拝殿に三つの拝所があり、その奥に三つの別個独立した神殿が建っている。また楼門と拝殿の間の距離が短いので、授与所などの施設や神社の見どころが南北に細長く配置されている。楼門前には南北に長い参道があり、その北側と南側に鳥居があるが、どちらがメインかは分からなかった。楼門前の参道は短く駐車場に繋がっているのでこちらもメインの入口ではなさそう。敷地は十分に広いが社叢などはなく、拝殿奥の三つの神殿周りは立入不可なので、見て廻るエリアは限られている。やはり現状だと熊本地震からの再建途上にある楼門などが痛々しい。
今回は、肥後国の式内社、肥後國一之宮、旧官幣大社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は平日の昼ごろで、まだ1月初旬ということもあり、遅めの初詣客と思われる多くの参拝者が訪れていた。

境内南東部にある<南鳥居>。当社は独特な造りをしていて、真っ直ぐ参道を進んでも社殿には辿り着かず、境内北東部の<北鳥居>に辿り着く。
参道の左側(西側)が境内、右側(東側)が駐車場になっている。

南鳥居をくぐって参道を進み、左側の境内に入ったところからの眺め。左側の建物は<社務所>。

【阿蘇神社】
阿蘇神社は、神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命
たけいわたつのみこと
をはじめ家族神12神を祀り、2000年以上の歴史を有する古社です。古来、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、肥後国一の宮として崇敬をあつめてきました。
宮司職を世襲する阿蘇氏は、我が国でも有数の旧家として知られています。中世には武士化して肥後国を代表する豪族に成長しました。500社に及ぶ分社があるのは、こうした歴史背景に理由があると考えられています。
一宮 健磐龍命(たけいわたつのみこと)※一の神殿 二宮 阿蘇都比咩命 (あそつひめのみこと)※二の神殿 三宮 國龍神(くにたつのかみ)※一の神殿 四宮 比咩御子神(ひめみこのかみ)※二の神殿 五宮 彦御子神(ひこみこのかみ)※一の神殿 六宮 若比咩神(わかひめのかみ)※二の神殿 七宮 新彦神(にいひこのかみ)※一の神殿 八宮 新比咩神(にいひめのかみ)※二の神殿 九宮 若彦神(わかひこのかみ)※一の神殿 十宮 彌比咩神(やひめのかみ)※二の神殿 十一宮 國造速瓶玉神 (はやみかたまのみこと)※諸神殿 十二宮 金凝神(かなこりのかみ)※諸神殿


社記によれば、阿蘇神社の御創立は孝霊天皇9年(紀元前282年)と伝えられ、約2,300年の歴史を有しており、全国に約500社ある「阿蘇神社」の総本社です。
神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命たけいわたつのみことをはじめ家族神12神を祀り、2000年以上の歴史を有する古社です。
阿蘇神社の社殿群は、天保6年(1835)から嘉永3年(1850)にかけて、熊本藩の寄進によって再建されたもので、神殿や楼門などの6棟は国重要文化財に指定されています。中でも楼門は九州最大の規模を誇り、「日本三大楼門」の一つともいわれます。平成28年熊本地震により楼門が倒壊し、また拝殿が倒壊するなど、重文以外の社殿についても甚大な被害を受けました。ただいま復旧工事を進めています。
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