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あそじんじゃ

阿蘇神社のお参りの記録一覧
熊本県 宮地駅

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惣一郎
惣一郎
2023年02月08日(水)1269投稿

【肥後國 式内社巡り】

阿蘇神社(あそ~)は、熊本県阿蘇市一の宮町宮地にある神社。式内社(名神大社)で、肥後國一之宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は、健磐龍命、國龍神、彦御子神、新彦神、若彦神(左手の一の神殿、いずれも男神)、阿蘇都比咩命、比咩御子神、若比咩神、新比咩神、彌比咩神(右手の二の神殿、いずれも女神)、十一宮、十二宮(最奥の諸神殿、いずれも男神)。一の神殿、二の神殿、三の神殿、楼門(修復中)、神幸門、還御門の6件が国指定の重要文化財。

社伝によると、孝霊天皇9年(紀元前282年)に主祭神・健磐龍命の御子で初代阿蘇国造となる早瓶玉命が、父親である健磐龍命と母親である阿蘇都比咩命を祀ったことに始まる。国史では、平安時代の859年に「健磐龍命神」の、875年には「阿蘇都比咩神」の神階昇叙の記載がある。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「阿蘇國 阿蘇郡 健磐龍命神社 名神大」と「阿蘇國 阿蘇郡 阿蘇比咩神社 小」の2社に比定されている。
中世以降は肥後國一之宮として崇敬を受け、広大な社領を有したが、豊臣秀吉の九州平定の際に社領を没収された。その後、領主となった加藤清正、熊本藩主として入国した細川氏から崇敬を受け、社殿の修造、社領の寄進が行われた。明治時代に入り、近代社格制度のもと国幣中社に列格し、1890年に官幣中社、1914年に官幣大社に昇格した。なお、2016年4月16日に発生した熊本地震により楼門と拝殿が全壊し、境内3カ所の神殿も損壊した。現在復旧工事中で、2023年末まで実施される。

当社は、JR豊肥本線・宮地駅の北方1kmあまりの平地、住宅などが疎らに建つ市街地にある。東向きに建つ社殿の造りは独特で、南北に長い一繋がりの拝殿に三つの拝所があり、その奥に三つの別個独立した神殿が建っている。また楼門と拝殿の間の距離が短いので、授与所などの施設や神社の見どころが南北に細長く配置されている。楼門前には南北に長い参道があり、その北側と南側に鳥居があるが、どちらがメインかは分からなかった。楼門前の参道は短く駐車場に繋がっているのでこちらもメインの入口ではなさそう。敷地は十分に広いが社叢などはなく、拝殿奥の三つの神殿周りは立入不可なので、見て廻るエリアは限られている。やはり現状だと熊本地震からの再建途上にある楼門などが痛々しい。

今回は、肥後国の式内社、肥後國一之宮、旧官幣大社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は平日の昼ごろで、まだ1月初旬ということもあり、遅めの初詣客と思われる多くの参拝者が訪れていた。

阿蘇神社(熊本県)

境内南東部にある<南鳥居>。当社は独特な造りをしていて、真っ直ぐ参道を進んでも社殿には辿り着かず、境内北東部の<北鳥居>に辿り着く。
参道の左側(西側)が境内、右側(東側)が駐車場になっている。

阿蘇神社(熊本県)

南鳥居をくぐって参道を進み、左側の境内に入ったところからの眺め。左側の建物は<社務所>。

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akipy-vst
akipy-vst
2021年04月23日(金)397投稿

阿蘇神社(あそじんじゃ)

肥後國一ノ宮

旧社格:官幣大社
御祭神:阿蘇十二神

阿蘇神社の山門・神門

楼門は建屋の中で修復作業中でした。

楼門は九州最大の規模で、「日本三大楼門」のひとつだそうです。

阿蘇神社の体験その他

熊本地震で被災した時の写真パネル展示されてました。

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