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かわちあそじんじゃ

河内阿蘇神社
公式熊本県 熊本駅

現在の御朱印・御朱印帳

御朱印(通常)

御朱印

初穂料500円
通年頒布

当社で通年頒布している御朱印です。直書きを希望の方は事前に社務所までご連絡ください。(Tel096-276-0213)

御朱印(特別)

特別御朱印

月替わりで特別御朱印を奉製しております。
※詳細は河内阿蘇神社公式サイトまで。

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最新のお知らせ

雲仙普賢岳噴火から30年

雲仙普賢岳の大火砕流から明日の2021年6月3日で30年が経ちます。

彼の山は当社からもハッキリと見え、とても美しく壮大です。

しかし、度々噴火を起こし周辺地域に甚大な被害をもたらしている山でもあります。

島原大変肥後迷惑という言葉があるように眉山の山体崩壊により津波が発生し

対岸の熊本県に押し寄せ多くの人命と住居、財産を奪いました。

河内町には当時の教訓を後世に伝える為に石碑が遺されています。

「事あらん時は慾をはなれ萬の物を顧ずただ老多るをたすけ幼をたつさえて速にさけのくべし」

「かねて其道をもあたため置て急難にのそみてまようことなかれ」

「これらの事をも よくかんがへてめんめん覚悟して子孫をもさとしいましむへし」

現代の言葉に直すと

「後の世に同じような津波が襲ったときは、すべてのことに優先して、

ただお年寄りを助け、幼い子どもを連れて直ちに避難しなければならない。

かねてより逃げ道を確かめておき、いざという時になって、

迷うようなことがあってはならない」

というような内容です。当時、家から荷物を持ちだそうとした住民の多くが

そのまま波に飲まれて亡くなり遺された家族は老人、子どもで

相当な苦労をしたと河内町町史で伝えられています。

災害の多い日本で生活していく中で突然の災害に被災してしまうかもしれません

先人達が遺した歴史を忘れず、その想いを継承することで被災した際の心構えも出来ると思います。

因みに石碑は船津厳島神社の側に建立しております。

長文になりましたが、当時の想いを感じていただければ幸いです。

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氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について
御朱印
あり

初穂料500円。
書置きの御朱印を賽銭箱横にご用意しております。※直書きをご希望の方は事前に連絡をお願いします。

限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
-
書き置きのみ
郵送対応
-
ありません
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

たこやき大阪さんの横から大鳥居を通って坂の中程、左側に駐車出来る場所が有ります。

河内阿蘇神社について

当社は社務所がありませんので、御用がある方は事前に連絡をお願いいたします。

熊本県のおすすめ2選🌸

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例祭・神事

1月1日 歳旦祭
2月11日 紀元祭
6月30日 大祓
10月15日 例大祭

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歴史

元明天皇の御代 肥筑両国の国司であった道君首名(みちのきみのおびとな)は飽田・宇土・玉名の三郡の海岸を巡見し飽田群河内に異人の三官という海から来た者が一団を率い拠点を構え徘徊していると知る。

元正天皇の御代 霊亀元年(715年)道君首名の命を受け藤原泰忠が三官討伐に向かい河内の海岸に清浄な地を選び阿蘇大神を勧請し榊を以て健磐龍大神・栂を以て比咩明神・柚を以て速瓶玉神を神籬とし斎祭り敵国降伏・天下泰平・国家安泰を三柱の神に祈願し見事異人三官を討伐した。

藤原泰忠は社名を若宮大明神とし十二月初卯の日を祭日と定め以後は藤原泰忠の次男、藤原経房が祭を掌り代々その子孫が神職を勤めている。

異人三官討伐から時を経て応永四年九州兵乱の際、飽田群活亀之庄河内浦一円の領主牛島美作橘公基は戦に発つ前に此度の戦で勝利を得させ給えば社を再興し我が家在らん限り毎年十二月初卯の日に奉斎せんと祈願を籠め出陣し神慮叶い勝利を得凱旋し応永二十年九月に社を造営し二度の勝ち戦を導いた鎮西守護勝軍大明神と崇め海辺山の総廟とし以降は山の上三苗字の祈願所として天下泰平・国家安穏・御武運長久・五穀豊穣の御利益が在るとして崇敬を集めた。

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河内阿蘇神社の基本情報

住所熊本県熊本市河内町河内2270
行き方

九州産交バス

河内阿蘇神社前 徒歩約2分

宮坂   徒歩約5分

アクセスを詳しく見る
名称河内阿蘇神社
読み方かわちあそじんじゃ
通称鎮西守護勝軍大神
参拝時間

終日可能

トイレあり
御朱印あり

初穂料500円。
書置きの御朱印を賽銭箱横にご用意しております。※直書きをご希望の方は事前に連絡をお願いします。

限定御朱印あり
御朱印帳に直書きなし

御朱印の郵送対応なし

御朱印帳あり
電話番号096-276-0213
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://kawachi-asojinja.localinfo.jp/

詳細情報

ご祭神《主》健磐龍命,《配》比咩明神,速甕玉神,阿蘇十二神
ご神体12体の神像
創建時代715年
ご由緒

元明天皇の御代 肥筑両国の国司であった道君首名(みちのきみのおびとな)は飽田・宇土・玉名の三郡の海岸を巡見し飽田群河内に異人の三官という海から来た者が一団を率い拠点を構え徘徊していると知る。

元正天皇の御代 霊亀元年(715年)道君首名の命を受け藤原泰忠が三官討伐に向かい河内の海岸に清浄な地を選び阿蘇大神を勧請し榊を以て健磐龍大神・栂を以て比咩明神・柚を以て速瓶玉神を神籬とし斎祭り敵国降伏・天下泰平・国家安泰を三柱の神に祈願し見事異人三官を討伐した。

藤原泰忠は社名を若宮大明神とし十二月初卯の日を祭日と定め以後は藤原泰忠の次男、藤原経房が祭を掌り代々その子孫が神職を勤めている。

異人三官討伐から時を経て応永四年九州兵乱の際、飽田群活亀之庄河内浦一円の領主牛島美作橘公基は戦に発つ前に此度の戦で勝利を得させ給えば社を再興し我が家在らん限り毎年十二月初卯の日に奉斎せんと祈願を籠め出陣し神慮叶い勝利を得凱旋し応永二十年九月に社を造営し二度の勝ち戦を導いた鎮西守護勝軍大明神と崇め海辺山の総廟とし以降は山の上三苗字の祈願所として天下泰平・国家安穏・御武運長久・五穀豊穣の御利益が在るとして崇敬を集めた。

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