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かわちあそじんじゃ

河内阿蘇神社の御由緒・歴史
公式熊本県 熊本駅

ご祭神《主》健磐龍命,《配》比咩明神,速甕玉神,阿蘇十二神
ご神体12体の神像
創建時代715年
ご由緒

元明天皇の御代 肥筑両国の国司であった道君首名(みちのきみのおびとな)は飽田・宇土・玉名の三郡の海岸を巡見し飽田群河内に異人の三官という海から来た者が一団を率い拠点を構え徘徊していると知る。

元正天皇の御代 霊亀元年(715年)道君首名の命を受け藤原泰忠が三官討伐に向かい河内の海岸に清浄な地を選び阿蘇大神を勧請し榊を以て健磐龍大神・栂を以て比咩明神・柚を以て速瓶玉神を神籬とし斎祭り敵国降伏・天下泰平・国家安泰を三柱の神に祈願し見事異人三官を討伐した。

藤原泰忠は社名を若宮大明神とし十二月初卯の日を祭日と定め以後は藤原泰忠の次男、藤原経房が祭を掌り代々その子孫が神職を勤めている。

異人三官討伐から時を経て応永四年九州兵乱の際、飽田群活亀之庄河内浦一円の領主牛島美作橘公基は戦に発つ前に此度の戦で勝利を得させ給えば社を再興し我が家在らん限り毎年十二月初卯の日に奉斎せんと祈願を籠め出陣し神慮叶い勝利を得凱旋し応永二十年九月に社を造営し二度の勝ち戦を導いた鎮西守護勝軍大明神と崇め海辺山の総廟とし以降は山の上三苗字の祈願所として天下泰平・国家安穏・御武運長久・五穀豊穣の御利益が在るとして崇敬を集めた。

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