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こくぶんじ|真言宗智山派摩尼山(まにざん)

國分寺
高知県 土佐長岡駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

仁王門左側 普通45台・大型5台(無料)

巡礼

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四国八十八箇所第29番

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年05月09日(木)3550投稿

1泊2日四国八十八か所巡り 1日目の2寺院目です。
田畑に囲まれた鎮守の杜のような場所にあります。
駐車場の斜め目の前に立派な仁王門がありました。
仁王門をくぐると 土塀のある少し細長い道が続きます。これは土佐国分寺跡の林の横を通り抜ける道です。
土塀が終わる所には 手水と鐘楼があります。
写真には写っていませんが こちらにベンチがあり 休んでいらっしゃるお遍路さんがいました。
右手に開山堂 正面に本堂(金堂)があります。
本堂の屋根は杮葺きで天平時代の建物に模した数寄造りなっているそうです。
大師堂には御手綱があります。いろんな寺院でも見られますが ご縁を結ぶ綱になっています。
酒断地蔵尊がありました。さすが酒豪が多いと有名な高知 らしいです。
高知では 「少々飲めます」 が 「升升飲めます=2升飲めます」を意味すると聞きました。
おそろし~。
おそらく客殿だと思われる建物では 寺カフェが行われていました。
光明殿の山門には 少し変わった鬼瓦が見られました。

山号は摩尼山 院号は宝蔵院 宗旨宗派は真言宗智山派 ご本尊は千手観世音菩薩 創建年は天平勝宝8歳(756年)以前 開基は行基です。

ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
ご詠歌:国を分け宝を積みて建つ寺の 末の世迄(まで)の利益(りやく)残せり
でした。

由緒については
聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」により全国に建立された国分寺の一つである。
寺伝によれば天平13年(741年)に行基が千手観世音菩薩を刻み本尊として安置し開創したとされる。
その後弘仁6年(815年)空海(弘法大師)が毘沙門天を刻んで奥の院に安置 また 星供の秘法を修めたことから 当寺は星供の根本道場となり 大師像は「星供大師」と呼ばれている。
そして その頃真言宗の寺院となったという。
史実としては 『続日本紀』に天平勝宝8歳(756年) 土佐を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したことがみえるため この年以前には創建されていたとみられる。
とありました。

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歴史

土佐の国分寺といえば、平安中期の歌人、紀貫之(868〜945頃)が浮かんでくる。とくに貫之が著した『土佐日記』は、女性の筆に託して書かれた仮名日記であることはあまりにも有名であるし、貫之が国司として4年間滞在した国衙は、国分寺から北東1㎞ほどの近くで「国分寺共々土佐のまほろば」と呼ばれ、土佐の政治・経済・文化の中心地であった。
聖武天皇(在位724〜49)が『金光明最勝王経』を書写して納め、全国68ヶ所に国分寺を建立したのは天平13年のころ。土佐では行基菩薩が開山し、天下の泰平と五穀の豊穣、万民の豊楽をねがう祈願所として開創された。歴代天皇からの尊信が厚く、加護をうけてきた。
縁起によると、弘法大師がこの地を巡錫したのは弘仁6年(815)のころで、毘沙門天像を彫造して奥の院に安置された。その際に本堂で真言八祖に相承される厄除けの「星供の秘法」を修められた。以来、土佐国分寺は「星供の根本道場」となっている。
本尊千手観世音菩薩を祀る国分寺の本堂(金堂)は、長宗我部国親元親親子が、永禄元年に再建。外観は柿葺き、寄棟造りで天平様式を伝え、内部の海老紅梁は土佐最古といわれ、室町時代の特色が見られる。現在国の重要文化財に指定されている。また、仁王門は明暦元年(1655)、土佐2代藩主・山内忠義公の寄進で建立され、現在の仁王門は昭和の初めに再建され、二層造りである。1250年余の面影を残す境内地は、全域が国の史跡に指定され、杉苔が美しい庭園で「土佐の苔寺」ともいわれる。

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國分寺の情報

住所高知県南国市国分546
行き方

南国市コミュニティバス「国分寺通」下車 (0.5km)
28【大日寺】より
(自家用車)約20分 約12km
(徒歩)約20時間 約9km
30【国分寺】より
(自家用車)約30分 約11km
(徒歩)約1時間40分 約7km

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國分寺の基本情報

名称國分寺
読み方こくぶんじ
通称土佐国分寺
参拝時間

7:00~17:00

トイレ駐車場にあり
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号088-862-0055

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

メールアドレスwebmaster@tosakokubunji.org
ホームページhttp://www.tosakokubunji.org/

詳細情報

ご本尊千手観世音菩薩
山号摩尼山(まにざん)
院号宝蔵院(ほうぞういん)
宗旨・宗派真言宗智山派
創建時代天平13年(741)
開山・開基行基菩薩
文化財

金堂(本堂)、木造薬師如来立像、木造薬師如来立像、梵鐘(重要文化財)
土佐国分寺跡(史跡)
本堂の厨子・須弥壇、絹本著色両界曼陀羅(高知県指定保護有形文化財)
板絵両界光明真言曼荼羅 2枚、海獣葡萄鏡・常滑焼甕 2個(南国市指定有形文化財)

ご由緒

土佐の国分寺といえば、平安中期の歌人、紀貫之(868〜945頃)が浮かんでくる。とくに貫之が著した『土佐日記』は、女性の筆に託して書かれた仮名日記であることはあまりにも有名であるし、貫之が国司として4年間滞在した国衙は、国分寺から北東1㎞ほどの近くで「国分寺共々土佐のまほろば」と呼ばれ、土佐の政治・経済・文化の中心地であった。
聖武天皇(在位724〜49)が『金光明最勝王経』を書写して納め、全国68ヶ所に国分寺を建立したのは天平13年のころ。土佐では行基菩薩が開山し、天下の泰平と五穀の豊穣、万民の豊楽をねがう祈願所として開創された。歴代天皇からの尊信が厚く、加護をうけてきた。
縁起によると、弘法大師がこの地を巡錫したのは弘仁6年(815)のころで、毘沙門天像を彫造して奥の院に安置された。その際に本堂で真言八祖に相承される厄除けの「星供の秘法」を修められた。以来、土佐国分寺は「星供の根本道場」となっている。
本尊千手観世音菩薩を祀る国分寺の本堂(金堂)は、長宗我部国親元親親子が、永禄元年に再建。外観は柿葺き、寄棟造りで天平様式を伝え、内部の海老紅梁は土佐最古といわれ、室町時代の特色が見られる。現在国の重要文化財に指定されている。また、仁王門は明暦元年(1655)、土佐2代藩主・山内忠義公の寄進で建立され、現在の仁王門は昭和の初めに再建され、二層造りである。1250年余の面影を残す境内地は、全域が国の史跡に指定され、杉苔が美しい庭園で「土佐の苔寺」ともいわれる。

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