せっけいじ|臨済宗妙心寺派|高福山(こうふくざん)
雪蹊寺高知県 桟橋通五丁目駅
7:00~17:00
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
1泊2日四国八十八か所巡り 1日目の7寺院目です。
33番札所のお寺です。ようやく札所の順になりました。
竹林寺からは 浦戸湾をぐるっと回るので 直線距離は近いのですが少し遠回りになりました。
もう少し行けば あの有名な桂浜に出ます。(時間に余裕があれば行きたかった~)
浦戸湾に流れる新川川を目の前に 長浜城址のある山を裏手に 住宅街の少し外れにあるお寺でした。
長曾我部家の菩提寺として有名です。
専用の駐車場もあり 歩いてすぐ境内に入れます。
境内には建物が所せましという感じで建っています。
広くないと言えばそうですが これぐらいの方がきちんと整備できるので 私は好きです。
とても古い建物は残念ながらないようで 大師堂が明治の建築 本堂は平成の改築だそうです。
山号は高福山 院号は幸福院 宗旨宗派は臨済宗妙心寺派 ご本尊は薬師如来 創建年は(伝)弘仁6年(815年)嘉禄元年(1225年)とも 開基は(伝)空海(弘法大師)です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:旅の道うえしも今は高福寺 のちのたのしみ有明(ありあけ)の月
でした。
由緒については
寺伝によれば空海(弘法大師)の開基で 創建当初は真言宗に属し 「少林山高福寺」と称したという。
鎌倉時代に仏師運慶と長男の湛慶が来山して「慶運寺」と改めたという。
寺に伝わる毘沙門天および両脇侍像は 毘沙門天像の足枘銘から湛慶の真作と判明し 高福寺創建の嘉禄元年(1225年)頃の作と推定されている。
ただし 湛慶作の仏像が都から遠く離れた土佐に伝わった経緯は定かでない。
その後 寺運が衰え 廃寺となっていたが、天正年間(1573年 – 1593年)の後期に月峰和尚が住職となり 土佐国の戦国大名長宗我部元親の後援で臨済宗の寺として復興した。
慶長4年(1599年)の長宗我部元親の病没後 当寺は長宗我部家の菩提寺となり 元親の法名「雪蹊恕三大禅定門」から「雪蹊寺」と称した。
明治時代になると廃仏毀釈により明治3年(1870年)廃寺となり 翌年 本堂跡に当寺所蔵の長宗我部元親坐像を神体とした秦神社が建立された。
明治12年(1879年)大玄和尚により維新館の跡地に再興 明治44年(1911年)までに寺域を拡張して本格的な復興を遂げた。
とありました。

土佐湾の桂浜は、白砂の美しい月の名所として知られる。幕末の志士、坂本龍馬の銅像が立っていることでも名高い。雪蹊寺はそこから西へ約4キロほどである。雪蹊寺の縁起は、まず3つの特色から挙げておく。
1つ目は、四国八十八ヶ所霊場のうち2ヶ寺しかない臨済宗妙心寺派の寺院であること。弘法大師によって弘仁6年に開創されたころは真言宗で、「高福寺」と称した。その後、寺名を「慶運寺」と改めているが、廃寺となっていた寺を再興したのは戦国時代の土佐領主・長宗我部元親公で、元親の宗派である臨済宗から月峰和尚を開山として初代住職に招き、中興の祖とした。元親の死後、四男の盛親が後を継いで長宗我部家の菩提寺とし、元親の法号から寺名を「雪蹊寺」と改め、今日にいたっている。
2つ目は、鎌倉時代の高名な大仏師、運慶とその長男、湛慶がこの寺に滞在し、運慶は本尊の薬師如来像と脇侍の日光・月光菩薩像を制作、また、湛慶は毘沙門天像と吉祥天女像、つぶらな瞳で小首をかしげるかわいい善膩師童子像を彫造して安置したとされる。一時、慶運寺と名のったのもこうした由縁で、弟子の道運、海覚作の12神将共に16体、これらはすべて国の重要文化財に指定されている。
3つ目は、「南学発祥の道場」といわれ、江戸初期の住職、天質和尚が朱子学南学派の祖として活躍し、谷時中野中兼山などのすぐれた儒学者を数多く生みだしている。 雪蹊寺で出家し四国を17回遍路した山本玄峰師は、まさに行雲流水の禅僧であった。
| 住所 | 高知県高知市長浜857-3 |
|---|---|
| 行き方 | とさでん交通 長浜行き・桂浜行き「長浜」下車 (0.3km)
|
| 名称 | 雪蹊寺 |
|---|---|
| 読み方 | せっけいじ |
| 参拝時間 | 7:00~17:00 |
| トイレ | 観音堂の左側 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 088-837-2233 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご本尊 | 薬師如来 |
|---|---|
| 山号 | 高福山(こうふくざん) |
| 院号 | 幸福院(こうふくいん) |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
| 創建時代 | 弘仁六年(815) |
| 開山・開基 | 弘法大師 |
| 文化財 | 木造薬師如来および両脇侍像 3躯、木造毘沙門天および脇侍吉祥天・善膩師童子(ぜんにしどうじ)立像 3躯(重要文化財) |
| ご由緒 | 土佐湾の桂浜は、白砂の美しい月の名所として知られる。幕末の志士、坂本龍馬の銅像が立っていることでも名高い。雪蹊寺はそこから西へ約4キロほどである。雪蹊寺の縁起は、まず3つの特色から挙げておく。
|
| ご利益 | |
| 体験 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ