とうけいじ|臨済宗円覚寺派|松岡山(松岡山 東慶総持禅寺)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方東慶寺のお参りの記録一覧
絞り込み



円覚寺を出ると、歩くのを少々躊躇うような雨脚でしたが、
構わずに四っ目の東慶寺を目指す。
5分もかからずに着きます。
侘び寂びを漂わせるお寺です。
鎌倉のメジャーな寺院では無いため、参拝者も疎らですが、その分
落ち着いて見られます。
鐘撞き堂をスマホに収めた時に気づきましたが、茅葺き屋根なんですね…
振り返ると門も茅葺きでした。
参道に、枝の太さは女性の腕ほどで高さ2メートルほどの植木が並んでいて、
枝は苔のようなモノで覆われています。
【手入れが大変そう…】
本堂はコンパクトですが、開放感があります。
その本堂のやや奥に、本堂よりも立派な建物があり売店になってます。
御朱印はこの中の大きめな仏像の前に置かれていて購入希望の人は籠に、
500円を納めて頂けます【青空農園形式ですね】。


21.12.03。先の長寿寺より徒歩10分。鎌倉市山ノ内にある臨済宗円覚寺派の寺院。
山号 松岡山
開創 弘安8年(1285)
開基 北条貞時
開山 覚山志道尼
(北条時宗公夫人)
札所 鎌倉三十三観音霊場
第三十二番
本尊 釋迦如来
女性から離縁できなかった封建時代に、当寺に駆け込めば離縁ができる女人救済の寺として明治に至るまでの600年間、縁切りの寺法を引き継いできました。
後醍醐天皇皇女が護良親王の菩提を弔うため五世住職となり、御所寺、松ヶ岡御所とも呼ばれ、鎌倉尼五山の第二位に列せられる格式の高い尼寺になりました。江戸時代初期には豊臣秀頼の息女が千姫の養女として命を助けられ、東慶寺に入寺。のち二十世天秀尼となり、創建以来の栄華を極めました。
明治4年(1871)、廃仏毀釈の影響により縁切りの寺法は廃止となり、明治35年(1902)に尼寺の歴史も幕を閉じました。
明治38年(1905)、建長寺・円覚寺両派管長の釈宗演禅師が入寺し、荒廃した当寺を復興し、中興開山となりました。(一部略)
門下には禅を世界に広めた鈴木大拙がおり、裏山に「松ヶ岡文庫」を設立し、禅文化発展の世界的拠点となりました。
〜当寺HPより〜
本日ラスト箇所。鎌倉紅葉鑑賞と「鎌倉33観音霊場巡り」その②として参詣。久しぶりの再訪ですが、混雑さはないため、静寂な中で落ち着いて過ごせ、心が癒される感がしました。
もっと読む



21.03.17 鎌倉「東慶寺」参拝、枝垂れ桜が満開の頃。_ 鎌倉市山ノ内

臨済宗円覚寺派「松岡山東慶総持禅寺(東慶寺)」
<しょうこうざんとうけいそうじぜんじ>
.
04-1) 参道階段の手摺り周辺に掲げられた
” 東慶寺からの お願い ” のボード。
主文末尾に「一眼レフカメラでの写真動画撮影を、
当面の間、全面禁止いたします。」旨の文言。
<投稿者追記:このページからでは文面を読み取れませんが、
入山料を廃止してまでも東慶寺さまの真摯なお願いをお伝えしたく
追って 書き起こしをし何らかの場所へ掲載予定です。 >
.
---------------------------

13) 本堂境内の枝垂れ桜と、本堂遠景。
去年からか? 近年になって本堂へ上がって参拝できる。
写真枠外で 立ち位置両側に嘗て在った 塀がなくなり、
この開放的になった光景に見慣れてきた。


神奈川県のおすすめ2選💠

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ























































