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とうけいじ|臨済宗円覚寺派松岡山(松岡山 東慶総持禅寺)

東慶寺

神奈川県 北鎌倉駅

境内8:30〜16:30(10月〜3月は16:00まで)
御朱印・宝物館・売店9:00〜16:00

投稿する
0467-22-1663

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
なし

なし

巡礼

東国花の寺百ヶ寺
鎌倉三十三観音第32番
鎌倉尼五山第二位

東慶寺について

東慶寺公式Webサイト内 ’ご案内 ’末尾に「※参拝記念の御朱印は令和4年4月25日で終了いたします。」の文面があります。(2020.06.21現在)

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こばけん
2021年12月16日(木)
665投稿

 21.12.03。先の長寿寺さんより徒歩10分。鎌倉市山ノ内にある臨済宗円覚寺派寺院。
《鎌倉三十三観音霊場第三十二番札所》

山号:松岡山
開創:鎌倉時代 弘安8年(1285)
開基:北条貞時
開山:覚山志道尼(北条時宗公夫人)
本尊:釋迦如来

 女性から離縁できなかった封建時代に、当寺に駆け込めば離縁ができる女人救済の寺として明治に至るまでの600年間、縁切りの寺法を引き継いできました。

 後醍醐天皇皇女が護良親王の菩提を弔うため五世住職となり、御所寺、松ヶ岡御所とも呼ばれ、鎌倉尼五山の第二位に列せられる格式の高い尼寺になりました。江戸時代初期には豊臣秀頼の息女が千姫の養女として命を助けられ、東慶寺に入寺。のち二十世天秀尼となり、創建以来の栄華を極めました。

 明治4年(1871)、廃仏毀釈の影響により縁切りの寺法は廃止となり、明治35年(1902)に尼寺の歴史も幕を閉じました。
 明治38年(1905)、建長寺・円覚寺両派管長の釈宗演禅師が入寺し、荒廃した当寺を復興し、中興開山となりました。(一部略)
 門下には禅を世界に広めた鈴木大拙がおり、裏山に「松ヶ岡文庫」を設立し、禅文化発展の世界的拠点となりました。
       〜当寺HPより〜

 本日ラスト箇所。鎌倉紅葉鑑賞と「鎌倉33観音霊場巡り」その②として参詣。久しぶりの再訪ですが、混雑さはないため、静寂な中で落ち着いて過ごせ、心が癒される感がしました。

 

東慶寺の御朱印

鎌倉三十三観音霊場第三十二番札所

東慶寺の歴史東慶寺(神奈川県)

寺院入り口。

東慶寺(神奈川県)

山門手前右側に

東慶寺の建物その他

夏目漱石参禅百年記念碑

東慶寺の山門

山門方向

東慶寺の自然

山門手前左手の紅葉

東慶寺の山門

山門

東慶寺の建物その他

参道

東慶寺(神奈川県)

境内の紅葉

東慶寺の建物その他

参道左側に《鐘楼》

東慶寺の建物その他

梵鐘

東慶寺の自然

本堂手前の紅葉

東慶寺(神奈川県)

本堂

東慶寺の本殿東慶寺の仏像東慶寺(神奈川県)

松岡宝蔵

東慶寺の建物その他東慶寺の建物その他

松岡宝蔵の先の銀杏

東慶寺(神奈川県)東慶寺の建物その他

寺務所方向

東慶寺の建物その他

こちらで書き置きの御朱印を拝受。

東慶寺の建物その他東慶寺(神奈川県)東慶寺の塔東慶寺の建物その他

書院

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歴史

北条時宗の夫人覚山尼が北条貞時を開基として建てた寺です。「かけこみ寺」「縁切寺」といわれた、男子禁制の寺法のもとに多くの女性を救った尼寺でした。しかし明治三十五年(1902)から男僧寺となっています。美しい聖観音(重文財)水月観音(県重文財)があります。

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東慶寺の基本情報

住所神奈川県鎌倉市山ノ内1367
行き方

JR横須賀線「北鎌倉駅」から徒歩4分。
鎌倉駅から、江ノ電バス[2番]大船駅(ルミネ下)行き 「北鎌倉」バス停下車徒歩3分

アクセスを詳しく見る
名称東慶寺
読み方とうけいじ
参拝時間

境内8:30〜16:30(10月〜3月は16:00まで)
御朱印・宝物館・売店9:00〜16:00

参拝にかかる時間

30分

参拝料

大人200円、小・中学生100円

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0467-22-1663
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.tokeiji.com/
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詳細情報

ご本尊木造釈迦如来坐像
山号松岡山(松岡山 東慶総持禅寺)
宗旨・宗派臨済宗円覚寺派
創建時代弘安八年(1285)
開山・開基開基:北条貞時 開山:覚山志道尼(北条時宗公夫人)
札所など

鎌倉三十三観音第32番
鎌倉尼五山第二位

文化財

木造聖観音立像(重要文化財)
木造彩色水月観音坐像 (県指定文化財)
木造釈迦如来坐像(市指定文化財)

ご由緒

北条時宗の夫人覚山尼が北条貞時を開基として建てた寺です。「かけこみ寺」「縁切寺」といわれた、男子禁制の寺法のもとに多くの女性を救った尼寺でした。しかし明治三十五年(1902)から男僧寺となっています。美しい聖観音(重文財)水月観音(県重文財)があります。

体験写経・写仏御朱印博物館重要文化財花の名所札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
東慶寺(とうけいじ)は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある臨済宗円覚寺派の寺院である。山号は松岡山、寺号は東慶総持禅寺。寺伝では開基は北条貞時、開山は覚山尼と伝える。現在は円覚寺末の男僧の寺であるが、開山以来明治に至るまで本山を持たない独立した尼寺で、室町時代後期には住持は御所様と呼ばれ、江戸時代には寺を松岡御所とも称した特殊な格式のある寺であった。また江戸時代には群馬県の満徳寺と共に幕府寺社奉行も承認する縁切寺として知られ、女性の離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていた。 ※境内での写真撮影は以前より一眼レフでの撮影のみが禁止されていたが、より一層のマナー悪化のためスマートフォンを含む全ての撮影が2022年06月07日から禁止となった。
歴史
歴史[編集] 鎌倉時代[編集] 伊豆韮山にある旧東慶寺梵鐘の銘文 東慶寺に残る過去帳等によれば「開山潮音院覚山志道和尚」とある[1]。覚山尼は安達義景の娘で、鎌倉幕府の第8代執権・北条時宗の夫人である。 1284年(弘安7年)4月、北条時宗の臨終の間際、無学祖元を導師として夫婦揃って落髪(出家)し、覚山志道大姉と安名し[2][1]。そして翌1285年(弘安8年)に第9代執権・北条貞時を開基、覚山尼を開山として当寺は建立されたと伝える[3]。 ただしそう伝える東慶寺の古文書は江戸時代のものであり、現存する古文書で覚山尼を東慶寺開山とするもっとも古いものは戦国時代天文頃の『五山記考異』...Wikipediaで続きを読む
引用元情報東慶寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%9D%B1%E6%85%B6%E5%AF%BA&oldid=92373695

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