しょうみょうじ|真言律宗・別格本山|金沢山
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楽しみ方稱名寺(称名寺)のお参りの記録一覧
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26.03.27。先の金澤八幡神社から徒歩7分。横浜市金沢区金沢町の閑静な住宅地の奥、称名寺市民の森の麓にある真言律宗の寺院。
寺格 別格本山
山号 金沢山(きんたくさん)
院号 弥勒院
創建 伝・正嘉2年(1258年)
開基 北条実時
開山 審海上人
本尊 弥勒菩薩立像
札所
・新四国東国八十八ヶ所霊場第75番
【歴史】〜Wikipediaより抜粋〜
北条氏の一族である金沢(かねさわ)北条氏の祖、北条実時(1224-1276)が開基した。創建時期については確実なことは分かっていないが、正嘉2年(1258)実時が六浦荘金沢の居館内に建てた持仏堂(阿弥陀堂)がその起源とされる。のち文永4年(1267)、鎌倉の極楽寺忍性の推薦により下野薬師寺の僧・審海を開山に招いて真言律宗の寺となった。金沢北条氏一族の菩提寺として鎌倉時代を通じて発展し、ニ代顕時、三代貞顕の代に伽藍や庭園が整備された。
⚫️金沢文庫〜リーフレットより〜
鎌倉時代に北条実時が武蔵国久良岐郡六浦荘金沢(現・横浜市金沢区)の邸宅に造った武家の文庫です。政治、文学、歴史など多岐にわたる和書、漢籍からなり、その収集は顕時、貞顕、貞将の三代にわたって受け継がれました。
元弘3年(1333)、鎌倉幕府ととともに金沢北条氏は滅亡します。金沢文庫の蔵書は隣接する一族の菩提寺である称名寺で近代に至るまで維持されました。
金沢文庫は伊藤博文の遺志を継いだ実業家・大橋新太郎の助力によって昭和5年(1930)に神奈川県の施設として復興されました。平成2年(1990)には、称名寺境内から現在の敷地に移り、中世歴史博物館としてリニューアル・オープンしました。
境内は国の史跡になっており、阿弥字ヶ池を中心とする浄土式庭園や仁王門・金堂・釈迦堂等の建物など見応がありました。これだけの広さと自然もある寺院は横浜市内では有数だと感じられました。
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北条義時の孫である北条実時を祖とする金沢北条氏の菩提寺で、六浦荘金沢の屋敷内に建てた持仏堂が起源とされます。
実時の孫・貞顕が15代執権となった鎌倉時代後期には三重の塔を含む七堂伽藍を完備した大寺院として全盛期を迎えました。
朱塗りの赤門をくぐると桜並木の参道が続き、突き当りには仁王門が聳え、鎌倉時代に造られた高さ4mの大迫力の仁王像が出迎えます。
広大な敷地には、浄土庭園が広がり、時の権力者であった北条家の力の大きさが伝わります。
金沢北条家の書物が保管されていた、鎌倉時代の知の中心である金沢文庫とは、隧道で結ばれており、当時の姿を想像する事ができます。
お参りし、御朱印をいただきました。





京浜急行の特急も止まる大きな駅、金沢八景、金沢文庫。このふたつの駅の名前に関わるのがこの称名寺さんです。
金沢北条氏の菩提寺で、山門からの参道は春には桜の花の見所となります。お寺の入口周辺の道路はとても狭く、車通りも多いので気をつけて歩きましょう。駐車場はありません。
金沢八景の名はこの近辺の名所を指し、そのひとつが「称名の晩鐘」で、歌川広重の絵にも描かれています。
一方、金沢文庫は北条実時が開いた日本最古の武家文庫ということで、称名寺の一角に県立歴史博物館として復興されました。
境内は広く、実は以前、仕事でウォーキングマップを作った時にこのお寺の境内を含めたコースを何度か歩いたり距離を測ったりしました。
春は桜、秋は紅葉と四季折々の景観が散歩コースとしてピッタリの憩いの場となっています。




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