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かさのぎいなりじんじゃ

笠䅣稲荷神社
神奈川県 神奈川新町駅

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竜王
竜王
2025年10月08日(水)1944投稿

神奈川県横浜市神奈川区東神奈川に鎮座する神社で、天慶年間(938〜947) に淳和天皇勅願所浦島院観福寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したのが始まりと伝わる。
文永11年(1274)の元寇の折りには時の執権・北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納し、国家の安泰を祈願したという。
戦国時代、兵火により罹災したが、永禄2年(1559)に再興し、元禄2年(1689)には稲荷山の中腹より山麓に遷座した。
この頃より、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が笠脱の一字を訂正し、禾に皇を添えて「笠䅣稲荷大明神」と改称した。
明治2年(1869)、旧社地が京浜間の鉄道敷設用地に接収されたため現在地に遷座。
大正12年(1923)の関東大震災により社殿が半壊し、昭和20年(1945)5月29日の横浜大空襲で社殿・神宝類の悉くを焼失したが、終戦後は早期に仮社殿が再建された。
そして、昭和54年(1979)に新社殿が完成し、現在に至る。
また、古来より笠䅣稲荷に参拝するとカサ(性病・婦人病)が治るという伝承があり、罹患した女性は土団子を作って神前に供え、お百度を踏んで祈願をすると霊験を得て病気が治り、粢団子を作りお礼詣りをする習慣がある。

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歴史

天慶年間(938-947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寿寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、附近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永十一年の蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願したと伝えられています。
戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄二年九月十九日に再興なって大祭を行ない、元禄二年九月十九日には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が「笠脱」の一字を「䅣」と改め、「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。
明治二年には旧社地が京浜間の鉄道敷設用地に接収されたため現在地に移り、更に霊験あらたかとなって、同十七年九月二十五日「村社」に列し、大正十年九月十七日「神饌幣帛供進社」に指定されました。
大正十二年の関東大震災により社殿が半壊に及び、昭和二十年五月二十九日の横浜大空襲には、社殿・神宝類の悉くを焼失する憂目を見たものの、終戦後いち早く仮社殿を再建しました。 昭和五十四年十二月一日に新しい形式の社殿が完成すると共に、厳かに遷座祭が斎行され、平成元年の「御社殿造営十周年記念大祭」には、社前に玉垣が完成するに至りました。

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笠䅣稲荷神社の情報

住所神奈川県横浜市神奈川区東神奈川2-9-1
行き方

京浜急行線 神奈川新町駅 徒歩3分
京浜東北線 東神奈川駅  徒歩8分

笠䅣稲荷神社の基本情報

名称笠䅣稲荷神社
読み方かさのぎいなりじんじゃ
通称笠脱稲荷
参拝時間

24時間

御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号045-441-0470

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神《主》宇迦之魂命,《配》明治天皇,日本武尊
ご由緒

天慶年間(938-947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寿寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、附近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永十一年の蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願したと伝えられています。
戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄二年九月十九日に再興なって大祭を行ない、元禄二年九月十九日には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が「笠脱」の一字を「䅣」と改め、「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。
明治二年には旧社地が京浜間の鉄道敷設用地に接収されたため現在地に移り、更に霊験あらたかとなって、同十七年九月二十五日「村社」に列し、大正十年九月十七日「神饌幣帛供進社」に指定されました。
大正十二年の関東大震災により社殿が半壊に及び、昭和二十年五月二十九日の横浜大空襲には、社殿・神宝類の悉くを焼失する憂目を見たものの、終戦後いち早く仮社殿を再建しました。 昭和五十四年十二月一日に新しい形式の社殿が完成すると共に、厳かに遷座祭が斎行され、平成元年の「御社殿造営十周年記念大祭」には、社前に玉垣が完成するに至りました。

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