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こばけん
2023年03月01日(水)
1007投稿

 23.02.23。京急本線「神奈川新町駅」より徒歩3分。横浜市神奈川区東神奈川2丁目の京急線路沿いに鎮座。
(かさのぎいなり〜)

御祭神 宇迦之魂命
    明治天皇
    日本武尊

創 建 天慶年間(938〜947)

社格等 旧村社

例祭日 8月9日に近い土・日

【由緒】〜神奈川県神社庁HPより抜粋〜
 天慶年間(938〜947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、付近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永11年、蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願しました。
 戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄2年に再興なって大祭を行い、元禄2年には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が笠脱の一字を訂正し、禾に尊い皇を添えて「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。

 社前にかなり頻繁に京急線の電車が通る立地にあるものの、境内に入ると古社らしい佇まいがある良い雰囲気の神社様でした。

笠䅣稲荷神社(神奈川県)
笠䅣稲荷神社の建物その他

第一京浜国道沿い 
社号標

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

神社方向

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

社頭

笠䅣稲荷神社(神奈川県)
笠䅣稲荷神社(神奈川県)
笠䅣稲荷神社(神奈川県)

社号標

笠䅣稲荷神社の鳥居

鳥居

笠䅣稲荷神社の建物その他
笠䅣稲荷神社(神奈川県)

参道

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

手水石
昭和40年(1965)奉納。

笠䅣稲荷神社の本殿

社殿
昭和54年(1979)竣工。

笠䅣稲荷神社の狛犬

狛狐(阿形)

笠䅣稲荷神社の狛犬

(吽形)

笠䅣稲荷神社の本殿
笠䅣稲荷神社(神奈川県)
笠䅣稲荷神社の本殿

本殿

笠䅣稲荷神社の末社

境内社

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

古峯神社

笠䅣稲荷神社の建物その他

板碑
鎌倉時代末期のもの。
横浜市有形文化財。

笠䅣稲荷神社(神奈川県)
笠䅣稲荷神社(神奈川県)

祖霊社

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

神輿庫

笠䅣稲荷神社の自然

笠䅣稲荷神社(神奈川県)
笠䅣稲荷神社(神奈川県)

笠䅣稲荷神社の自然
笠䅣稲荷神社(神奈川県)

明治39年(1906)に奨兵会によって建立。台石に出征軍士34名の氏名。

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

裏参道

笠䅣稲荷神社の狛犬

狛狐(阿形)

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

(吽形)

笠䅣稲荷神社(神奈川県)

社務所
直書きで御朱印を拝受。

笠䅣稲荷神社の動物

おとなしいワンちゃんでした。

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歴史

天慶年間(938-947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寿寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、附近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永十一年の蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願したと伝えられています。
戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄二年九月十九日に再興なって大祭を行ない、元禄二年九月十九日には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が「笠脱」の一字を「䅣」と改め、「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。
明治二年には旧社地が京浜間の鉄道敷設用地に接収されたため現在地に移り、更に霊験あらたかとなって、同十七年九月二十五日「村社」に列し、大正十年九月十七日「神饌幣帛供進社」に指定されました。
大正十二年の関東大震災により社殿が半壊に及び、昭和二十年五月二十九日の横浜大空襲には、社殿・神宝類の悉くを焼失する憂目を見たものの、終戦後いち早く仮社殿を再建しました。 昭和五十四年十二月一日に新しい形式の社殿が完成すると共に、厳かに遷座祭が斎行され、平成元年の「御社殿造営十周年記念大祭」には、社前に玉垣が完成するに至りました。

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笠䅣稲荷神社の基本情報

住所神奈川県横浜市神奈川区東神奈川2-9-1
行き方

京浜急行線 神奈川新町駅 徒歩3分
京浜東北線 東神奈川駅  徒歩8分

アクセスを詳しく見る
名称笠䅣稲荷神社
読み方かさのぎいなりじんじゃ
通称笠脱稲荷
参拝時間

24時間

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり

詳細情報

ご祭神《主》宇迦之魂命,《配》明治天皇,日本武尊
ご由緒

天慶年間(938-947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寿寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、附近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永十一年の蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願したと伝えられています。
戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄二年九月十九日に再興なって大祭を行ない、元禄二年九月十九日には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が「笠脱」の一字を「䅣」と改め、「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。
明治二年には旧社地が京浜間の鉄道敷設用地に接収されたため現在地に移り、更に霊験あらたかとなって、同十七年九月二十五日「村社」に列し、大正十年九月十七日「神饌幣帛供進社」に指定されました。
大正十二年の関東大震災により社殿が半壊に及び、昭和二十年五月二十九日の横浜大空襲には、社殿・神宝類の悉くを焼失する憂目を見たものの、終戦後いち早く仮社殿を再建しました。 昭和五十四年十二月一日に新しい形式の社殿が完成すると共に、厳かに遷座祭が斎行され、平成元年の「御社殿造営十周年記念大祭」には、社前に玉垣が完成するに至りました。

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