かごしまじんぐう
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九州の旅⑨ 大隅國一之宮『鹿兒島神宮』
やっと鹿児島 ٩(ˊᗜˋ*)و
この高千穂宮で暮らした海彦山彦の神話で知られる山幸彦が御祭神✨
愛らしい沢山の信仰玩具💓
美しい天井画に御神馬🎵
境内は見どころも多く、自然豊かでとても素敵です。
遠かったけれど来られて良かったとしみじみ思いながらの参拝 (*´μ`*)
神聖で優しい風が心地よく吹いていて、心も身体も清らかになるような感じがしました。
博多からGWの高速をレンタカーで向かいましたが当然の渋滞…
やっと着いた鹿児島、、妙見温泉のお湯をいただいてから参拝へ向かいました。
夜は霧島温泉でのんびり疲れを癒しました♪

御朱印を書いていただき、郷土玩具の中にいた犬張り子を拝受💓
可愛い姿を見ては、楽しく旅ができることに感謝🙏

《信仰玩具》鹿児島神宮の特色の一つ!
その中には海幸彦山幸彦の神話に出てくる鯛車もあります。
写真は、御本殿にある大きな鯛車✨
こちらは幼児が乗って遊べるくらい大きさ!
授与品としても大中小の三サイズものがあります😊
悩みましたが、、小もまぁまぁのサイズだったので断念、、

大隈国一宮の鹿児島神宮に参拝してきました。車で鳥居⛩️を超えて駐車場まで行くと木々に囲まれた中に参道が見え、橋を渡ると左側に御神馬「清嵐」がいました。
階段を上がると社務所があり、次の階段を上がると広い境内に出ます。境内社は明るい朱色ですが、本殿、拝殿、勅使殿は少し茶が入っています。本殿の茅葺きの茶とよく調和して趣きを増していました。拝殿の天井画に草花が見事に描かれています。本殿の龍の柱は華やかな色どりでした。
落ち着いた色合いが広い境内によくあって、厳かな気持ちになりました。
また、参道含む広い境内は綺麗に清掃されていました。
この地が「鹿児島」の地名発祥の諸説ある中の一説として鹿児島神宮のご祭神山幸彦がわたつみの国に行く際乗った舟が籠山(かごやま)で作られたことに由来すると紹介されていました。


大隅國一之宮 鹿児島神宮に参拝させていただきました。
かつては正八幡宮、国分八幡、大隅正八幡などと称していたようで、勅使殿の扁額には「正八幡宮」と記されていました。
本殿、拝殿、勅使殿、摂社四所神社は、国指定の重要文化財に指定されています。
勅使殿と言えば、境内にある案内板には「勅使殿」の記載はなく、またネットでも「勅使殿」がどれと書かれたものがなかなか見つかりませんでした。
いろいろ調べてみた結果、拝殿の前に建つ部分が勅使殿のようです。
拝殿天井には見事な植物画があり、また本殿向拝には龍柱がありました。
霧島神宮の龍柱は以前テレビで見たことがありましたが、鹿児島神宮の龍柱もとても見事でした。
今回時間の都合で境内社をゆっくりとお参りすることができなかったのですが、機会があれば今度はゆっくりとお参りしたいと思います。
<主祭神>
天津日高彦火火出見尊(山幸彦) 豊玉比売命
<相殿神>
帯中比子命(仲哀天皇) 息長帯比売命 (神功皇后)
品陀和気命(応神天皇) 中比売命(応神天皇皇后)
<御由緒>鹿児島神宮HPより
鹿児島神宮の御祭神は海幸山幸の神話によるところの社で創祀は遠く神代にあって、又皇孫神武天皇の御代とも伝えらています。御祭神彦火火出見尊 (別名山幸彦)はこの地に高千穂宮(皇居)を営み給い、500有余歳の長寿に亘り間農耕畜産漁猟の道を開拓し国家の基礎をつくられた。
また正八幡宮、国分正八幡、大隅正八幡等とも称し全国正八幡の本宮でもあります。平安時代醍醐天皇の延喜式には大社に列し大隅國一之宮として朝野の崇敬篤く営繕の費は三州の正税を以て充てられ後鳥羽天皇建久年間(1198年)には社領2500余町歩の多きに至り、江戸末期まで千石を有していた。




【鳩笛(復刻版):鹿児島神宮】
鹿児島神宮は信仰玩具が数多く授与されている全国でも珍しい「おもちゃ神社」。
社務所には「鹿児島神宮信仰玩具図鑑」が飾られ、12種類の玩具が写真付きで紹介されていました。
その中の一つが鹿児島鳩笛(復刻版)
文献によりますと…
八幡様と縁の深い鳩を模した鳩笛は鯛車や香箱等と一緒に旧暦3月10日の藤祭の頃、出店で売られていたようです。
その時は鳩笛も現在の一種類だけでなく様々な絵柄の鳩笛があったようです。
今回、過去の資料等を元に、伝統工芸士の先生のお力をお借りして一つ復刻する事となりました。
※鹿児島神宮のHPより抜粋
高さ4.5cm、長さ9cmの鳩笛。
目と口が点で描かれていて可愛らしい顔をしています。
頭と羽根の部分がくすんだ朱色をした土製の笛で、吹くと「ホーホー」という素朴な音色が響きます。
過去の資料を元に復刻されたという鳩笛…
郷土玩具はどんどん廃絶していくというのに、復刻されたのはとても喜ばしい事です♪
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧ください。
入手日:2023年3月19日
掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい。

【初鼓:鹿児島神宮】
境内に向かう途中、華やかな装飾をまとった白馬(神馬)が奉納されていました。
鹿児島神宮では飾り付けられた鈴懸馬が踊る「初午祭」が行われています。
鈴懸馬踊りは鐘、太鼓、三味線の音楽に合わせて足踏みさせ馬が踊っているように見せるもの。
例年20万人以上の観光客が訪れるそうです。
鹿児島神宮に伝承される玩具の1つが長さ30cmほどの「初鼓」
先の「初午祭」に行われる「鈴懸馬踊り」の様子を模った信仰玩具です。
太鼓には勇壮な白馬の絵、裏を返すと鹿児島神宮の鳥居が描かれています。
太鼓の両側には大豆が括られた糸が付いているのは「でんでん太鼓」と同じ仕組み。
棒をくるくる回すと「ポン・ポン」と軽い音がする事から「ポンパチ」とも呼ばれています。
文献には…
「旧暦1月18日に近い後の日曜日に行われる初午まつり。
御神馬を始め奉納馬は鐘が連なった胸飾り、豆太鼓や花や綿などを飾った鞍を着けて華やかに踊ります。初鼓はこの豆太鼓を玩具化したものです。」と書かれていました。
いつかは鹿児島神宮の初午祭に行って「鈴懸馬踊り」を観たいものです。
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧ください。
https://folktoys.blog.fc2.com/blog-entry-369.html
入手日:2023年3月19日
掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい。


【大隅國 式内社巡り】
鹿児島神宮(かごしま・じんぐう)は、鹿児島県霧島市隼人町内にある神社。式内社(名神大)で、大隅國一之宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。主祭神は天津日高彦火火出見尊、豊玉比売命、相殿神は帯中比子尊(14代仲哀天皇)、息長帯比売命(仲哀天皇皇后)、品陀和気尊(15代応神天皇)、中比売命(応神天皇皇后)。
旧称は「大隅正八幡宮」、「国分八幡宮」。
社伝によると、創始は神代とされ、神武天皇の御代に天津日高彦穂穂出見尊の宮殿であった「高千穂宮」を神社としたものとされる。『八幡愚童訓』によると、欽明天皇の御代の544年に震旦国(インドから見た中国)の大王の娘が生んだ皇子が八幡神で、船で大海に出てやがて鎮西大隅の磯に辿り着いたとしている。このため当社は「正八幡」と呼ばれ、八幡宮の根本社であるとされる。『今昔物語集』にも、八幡神は大隅國に現れ、次いで宇佐に移り、石清水に跡を垂れたと記載されている。飛鳥時代の708年に旧社地(現石體(しゃくたい)神社社地、当社の北東300m)から現社地に遷座している。
平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「大隅國 桑原郡 鹿児嶋神社 大」に比定されており、のち大隅国の一之宮とされた。当時から歴代領主の篤い保護のもと広大な社地を有し、江戸末期まで1000石を有していた。戦国時代から江戸時代にかけては、島津氏の篤い崇敬を受けた。明治時代に入り、近代社格制度のもと官幣中社に列格し、のち官幣大社に昇格した。
当社は、JR日豊本線・隼人駅の北方1kmの小高い場所にある。平地部分に500mもの長い参道があり、境内入口から階段を登って台地上の社殿周りに辿り着く。社殿は大きく豪壮で大社の構え。瑞垣で囲まれた神域は広くはないが、社殿周りにいくつかの境内社や社務所なども集まっており凝縮感がある。境内自体は広く、神域外にも境内社が散在していて、例えば稲荷社などは社殿から10分ほど山の斜面を登ったところにある。敷地の広さ、社殿のスケールともに、さすが大隅國一之宮といったところ。
今回は、大隅國の式内社、大隅國一之宮、旧官幣大社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、遅い初詣の人が多いのか、かなり多くの参拝者が訪れていて、当社周辺の公道ではかなりの渋滞が発生していた。
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