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かくりんじ|天台宗刀田山

鶴林寺のお参りの記録一覧
兵庫県 尾上の松駅

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nomuten
nomuten
2023年06月12日(月)1467投稿

兵庫県寺院巡りの3寺目は、加古川市に在る刀田山 鶴林寺です。新西国三十三ヶ所 第27番札所。
天台宗で、本尊は秘仏・薬師如来。札所本尊は聖観音。
この本尊・薬師如来と両脇侍と二天像は重文で、60年に1度開帳の秘仏。前回開帳が1997年でしたので次回は2057年ですが、2012年に特別開帳がありました。また何かのイベントで開帳して頂けないかなと思っていますが。
また、札所本尊の白鳳時代に造られた銅造聖観音立像も重文で、通称「あいたた観音」、宝物館でいつでも観る事が出来ますし、太子堂に安置されていた釈迦三尊像(重文)と四天王像(市指定文化財)も宝物館でいつでも観る事が出来ます。その他、多数の文化財指定の仏像を所蔵しています。

高句麗の僧・恵便法師が物部氏らの迫害から逃れて身を隠していた時、法師の教えを受けるために聖徳太子がこの地に来られ、587年に聖徳太子は秦河勝に命じて精舎を建て、刀田山四天王寺聖霊院と名付けたのが始まりと伝わります。718年に身人部春則が聖徳太子の遺徳を顕彰するため七堂伽藍を建立、更に9世紀初めに慈覚大師円仁が唐へ向かう際に立ち寄り、薬師如来を刻み、国家安泰を祈願した。1112年に鳥羽天皇から勅額を頂き、「鶴林寺」と寺号を改め、勅願所に定めた。鎌倉~室町時代に全盛期となり、寺坊30数ヶ坊・寺領25.000石だったが、戦国時代以降衰退し、現在塔頭は宝生院、浄心院、真光院の3ヶ寺となった。幸いな事に兵火や火災には遭っておらず、多くの堂宇が文化財に指定されています。

移動時間でこれ以上ロスる訳には行かず、2寺目の神戸市須磨区から有料道路の第二神明道路を使用して向かいました。境内の周りは鶴林寺公園になっていて、その一角の駐車場に停めました。直ぐに阿形・吽形の金剛力士が護る仁王門、仁王門をくぐった右側に拝観受付です。入山料500円と宝物館拝観料500円のセット券を800円で購入。(どうでもいい話ですが、入山しなければ宝物館へは行けないので、この料金設定はおかしいのでは。何故なら宝物館拝観料500円払う人はいないのだから。)入山すると手水があり、正面に国宝の本堂。本堂に入ると堂内は内陣と下陣を格子戸で仕切る密教式の造りで、内陣には5つの厨子が並んでいました。秘仏のため全て閉扉、本尊・脇侍・二天が祀られている筈です。右隅に納経所がありましたので御朱印を頂きました。
本堂の左側には、常行堂、三重塔、経蔵、行者堂、新薬師堂、講堂があります。堂内に入れるのは新薬師堂のみで、中尊に薬師如来坐像、脇侍は日光・月光菩薩立像、更に左右に6躯ずつの十二神将を安置。ウインクしている(ように見える)神将が有名?らしい。
本堂の裏側に地蔵堂があり、その直ぐ奥に塔頭が3ヶ寺並んでいます。
本堂の右側には、国宝の太子堂、鐘楼、観音堂、護摩堂、弁財天、宝物館がありますが、現在鐘楼と護摩堂(共に重文)は改修工事中のためシートに覆われていて観れませんでした。堂内に入れるのは観音堂のみで、秘仏・聖観音の筋の脇壇に、護摩堂に安置の不動明王坐像が一時的に遷されていました。
最後に宝物館へ、太子堂に安置されていた釈迦三尊像と四天王像、白鳳時代作の銅造聖観音立像や十一面観音立像、如意輪観音を観ることができました。
本堂本尊の開帳時に再度来たいのですが、いつの事になるやらです。

鶴林寺の御朱印

御朱印(新西国三十三ヶ所)

鶴林寺(兵庫県)
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四季
四季
2022年12月24日(土)568投稿

刀田山 鶴林寺(かくりんじ)

~雪の国宝太子堂・西国四十九薬師霊場~

国宝 刀田山 鶴林寺
「西国四十九薬師霊場の開創30年記念
特別御朱印を授与」2022年末までの期間限定

山号  刀田山(とたさん)
宗派  天台宗
御本尊 薬師如来
    愛太子観世音菩薩(聖観音)
開基  聖徳太子
創立  祟峻天皇二年(589年)

札所等
新西国三十三箇所第27番
聖徳太子霊跡第27番
関西花の寺二十五霊場第9番
西国薬師四十九霊場第22番
播州薬師霊場第9番

御詠歌
いにしへの 鶴の林に 散るはなの
匂をよする 高砂の風

播州薬師霊場 第九番

縁起

当地に隠棲していた恵便法師の教えを受ける為、聖徳太子(574-622)が、秦河勝に命じて、木の丸殿をお造りになったのが当寺のはじまりである。
その後、平安初期に慈覚大師円仁(794-864)が入唐の際、当寺に立ち寄り、堂塔の修復をされた後、天台宗に属す。
当初は、四天王寺聖霊院、次いで刀田山四天王寺と称したが、鳥羽天皇(1107-1123)に勅願所と定められ、鶴林寺となった。
境内には、県下最古の木造建築である太子堂(国宝・1112)をはじめ、本堂(国宝1397年再建)、常行堂、鐘楼、行者堂、護摩堂(以上全て重要文化財)等十六棟が立ち並ぶ。また寺宝は重要文化財二十三点他二百点を越す。
俗に、「刀田の太子」、「西の法隆寺」などと称される名刹である。周囲には鶴林寺公園があり、四季折々の花が楽しめる。特に サツキ、フジ、ショウブ、ボダイジュ、サラが有名。

~・~・~・~・~

589年、聖徳太子が16才の時、秦河勝(はたのかわかつ)に命じ仏教をひろめるための道場として建てられました。
釈迦三尊と四天王を祀り「四天王寺聖霊院」と称されたのが鶴林寺のはじまりといわれ、播磨の法隆寺とも呼ばれています。
平安時代の壁画が見つかった県下最古の木造建築物、国宝「太子堂」や、泥棒が盗み出し壊そうとしたら「アイタタ」という声が聞こえてきたため、改心したと伝えられている「銅造聖観音立像」など、多くの文化財が残されています。

【写経・写仏体験】
敷地内の一室で写経や写仏を体験できます。 歴史に思いを馳せ、心を落ち着け、自身と向き合う、 そんな特別な時間を過ごすことができます。
所要時間:約2時間
料金:800円 ※聖徳太子会式等、年中行事の期間中は対応できません。
【座禅体験】 予約制ですが、座禅も体験することができます。
詳しくは、電話でお問合せください。

国宝太子堂
平安時代後期1112年の建立。梁間1間の孫庇を付した「縋破風(すがるはふ)」、檜皮葺。
淡路島や四国に挟まれる瀬戸内海でも、温暖で住み易い豊かな土地柄の播磨灘。
雪の残る檜皮葺は風情がありました。
コロナ禍で延期されていました、西国四十九薬師霊場『開創30周年記念』スタンプが終了しますことと、『癒しの薬宝』薬壺。
これからも風邪やコロナからお守り下さいますように、お参りさせて頂きました。
ぽつりぽつりと咲く🌸も可憐でした。

加古川市加古川町北在家424

鶴林寺のその他建物
鶴林寺(兵庫県)

関西花の寺二十五霊場第9番
でもあります

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きどっち
きどっち
2022年11月06日(日)1551投稿

天台宗 刀田山 鶴林寺

新西国三十三箇所霊場第27番札所
西国薬師四十九霊場第22番札所
聖徳太子霊跡第27番札所
播州薬師霊場第9番札所
関西花の寺二十五霊場第9番札所

半年に一回はお参りさせていただいてる鶴林寺さんですが、今回は播州薬師霊場巡りでお参りしました。

本堂でお参り後、本堂内にある納経所にて「播州薬師霊場」専用御朱印帳を開いてお渡しすると、「この専用御朱印帳、初めて見ました。」 とまずは書き手の方に驚かれました。
さらに「播州薬師霊場の御朱印帳があるんですね。 どこで購入できるんですか」と逆に質問される予想外の展開に。
播州薬師霊場巡りをされる方って珍しいんですかね😅

以下、鶴林寺HPの縁起より抜粋
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蘇我氏と物部氏の争いを避け、高麗出身の僧・恵便(えべん)は播磨の地に身を隠していた。聖徳太子はその恵便の教えを受けるためにわざわざ播磨を訪ね、後に3間4面の精舎を建立させ「刀田山四天王聖霊院」と名付けられる。
崇峻天皇2年(589年)、これが鶴林寺の始まりとされている。

その後、養老2年(718年)、武蔵の大目「身人部春則」が太子の遺徳を顕彰するため、七堂伽藍を建立した。

そして、天永三(1112)年に寺号を「鶴林寺」と名を改めている。太子堂はこの年の建立と伝えられている。太子信仰の高まりとともに鎌倉・室町時代に最盛期を迎え、寺坊は三十数力坊、寺領2万5千石もあったという。
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惣一郎
惣一郎
2022年06月26日(日)1269投稿

【播磨國 古刹巡り】

鶴林寺(かくりんじ)は、兵庫県加古川市加古川町にある天台宗の寺院。山号は刀田山(とたさん)。本尊は薬師如来。聖徳太子開基伝承を持つ寺院の一つで、聖徳太子建立七大寺の一つとされることもある。「西の法隆寺」とも言われる。本堂、太子堂は国宝、鐘楼、護摩堂、常行堂、行者堂は国指定の重要文化財。

寺伝によると、高句麗の僧・恵便(えべん)法師が物部氏ら排仏派の迫害を逃れ当地に身を隠していたところ、その教えを乞うために聖徳太子が当地に来て、587年に秦河勝に命じて精舎を建立し刀田山四天王寺聖霊院と名付けたのが始まり。718年に武蔵国大目・身人部春則(むとべのはるのり)が太子の遺徳を顕彰するために七堂伽藍を建立した。9世紀の初め、慈覚大師円仁が入唐の際に立ち寄り、薬師如来を刻して国家安泰を祈願し天台宗となった。1112年に鳥羽天皇から勅額を賜り、寺号を「鶴林寺」と改め勅願寺とされた。
鎌倉時代から室町時代にかけては太子信仰の高まりを受け寺勢は隆盛し、寺坊30箇坊以上、寺領2万5千石と繁栄した。戦国時代になると織田信長、豊臣秀吉の弾圧、江戸時代には幕府の厳しい宗教政策で衰微し塔頭8箇坊、寺領117石まで落ち込んだ。

当寺は、山陽電気鉄道・尾上の松駅の北東1kmの市街地、平地にある。近くには幹線道路(国道250号線)が通り、駐車場も広いので、車でのアクセスは良好。仁王門から始まる境内は広々としていて、そこに国宝や国重文の由緒ある建物が適度な間隔をもって建ち並んでいる。ここまで国宝、国重文が揃っていると、有料拝観がたった500円で良いのかと思ってしまうぐらいの充実度。素晴らしい寺院。

今回は、本堂、太子堂が国宝で、他にも国指定の重要文化財の建物が多数あることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分以外にも数人の参拝者が訪れていた(何かの活動をしているボーイスカウトの少年少女とその引率者もいた)。

鶴林寺の山門・神門

境内南端入口。「聖徳皇太子御霊蹟」の石碑が立つ。

鶴林寺の地蔵

参道左手の<子安地蔵堂>。扁額には、「安産子育地蔵尊」とある。

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