かきのもとじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方柿本神社のお参りの記録一覧
絞り込み




兵庫県明石市にある神社です。
関西の方ならご存じだと思うのですが 明石市は子午線の町と言われています。
東経135度 日本標準時の基準となっています。
その子午線を示す 子午線標示柱 (トンボの標識)や 明石市立天文科学館があります。
そのすぐ北側 本当にすぐです 歩いて30歩ほどで柿本神社の鳥居です。
明石を歩いていると どうしてもこちらにお参りしたくなります。
この日は熱中症警戒アラート出てたんですけど そんなんに負けてはいられません。
石段を「ふんふん」言いながら上がっていきました。
汗を拭いてから神門をくぐりました。
参拝者は一人もいませんでした。納得の暑さです。
本殿・拝殿でのお参りをすませ 写真を撮らせていただいて 社務所へ。
柿本神社の宮司様は こんな時間帯でも ガラス戸のすぐ奥にいてくださったのです。
いやぁ 誰も来ない時間帯なら ピンポン押してね~って奥に下がっていてもおかしくないでしょ。
感謝感謝ですね。
ご朱印も拝受できましたので 神門横の稲荷社にお参りして境内を出ました。
ここから見る天文科学館の塔の部分はちょうど真裏なのですが 正面から見ると時計になっていてかっこいいです。(ネットで見てください)
由緒などについては前回投稿したと思いますので割愛させていただきます。
また涼しくなったらお参りさせていただきます。


明石城跡がある明石公園から東に少し歩いたところに人丸山という標高わずか25m弱の小高い山があり、その頂上に鎮座しています。
年に何度かお参りさせていただいており、今年は3月以来の参拝。
とても暑い日でしたが、明石海峡大橋がきれいに見渡せてとてもよい天気でした。
過去の投稿にも記載しましたが、境内のすぐ近くには日本標準時子午線の標示柱(トンボの標識)が立っています。 つまり東経135度子午線のすぐそばに鎮座していることになります。
今回は車で境内駐車場まで入ったため、鳥居の写真は撮らず・・・
暑くなければ鳥居のところまで下って行ったんですが、あまりの暑さに心が折れてしまいました😅
<御祭神>柿本人麿公
もっと読む

兵庫県明石市にある神社です。
明石天文科学館の裏手(北側)にあります。
月照寺さんと同様 天文科学館の塔と瀬戸内海を目の前に見ることができ その眺望だけでしばらく時間が経ってしまいます。
人丸山(丘みたい)の頂上にあり お参りするのに少しだけ足腰が疲れますが お参りを済ませて振り返った時に 「おおぉ~」となります。
主祭神は柿本人麻呂朝臣です。
人丸神社とも呼ばれます。
祭神が歌聖と仰がれることから歌道の神としての信仰を集め そこから学問文芸の神としても崇められます。
また「人麿(ひとまる)」を「人生まる(ひとうまる)」と解し 安産の神として 江戸時代からは[要出典]「火止まる(ひとまる)」と解し火防の神としての信仰もあるそうです。
他にも「明石」と「開かし」を掛詞として眼病治癒の効験があるとされています。
いやぁ語呂合わせにもいろいろありますね。
由緒については
社伝によれば 仁和3年(887年)に明石の岡(赤松山とも。現・県立明石公園)にあった楊柳寺(後の月照寺)の覚証という住僧が 夢中に柿本人麻呂の神霊がこの地に留まっているのを感得し 寺の裏の古塚がその塚であることが判明したために 塚上に人麻呂を祀る祠を建てて寺の鎮守としたことに創まるという。
とありました。


明石海峡が見渡せる高台に鎮座。
すぐ南側には東経135度日本標準時子午線上に建つ明石市立天文科学館があります。
柿本神社には時々お参りしていますが、前回参拝はいつだったかな?と振り返ると昨年の2月でした。
あっという間に1年以上経ったんだなと軽いショックを受けてしまいました😅
いつも午後にお参りすることが多かったのですが、今回はよく晴れた午前中でとても気持ちのよい参拝となりました。
万葉集や古今集などで有名な柿本人麿公を御祭神としており、ご神徳は学問・安産・火災除など。
安産は、人麿(ひとまろ)=人産まる(ひとうまる)から。
火災除は、ここは明石市人丸町、つまり人丸=火止まる だから。
この日は初宮詣に来られる方などご祈祷を希望される方が多く、宮司様もかなりお忙しそうでした。
私の娘も七五三詣でお世話になりました。

仕事が早く終わり、最近参拝できていなかった柿本神社へ。
夕焼けの景色が見れるかな?と思ったものの神社に到着した😅時点で西の空には雲がかかり、既に太陽も沈みかけていました😅
となると暗くなるまでは時間の問題・・・急いでお参りし写真をバタバタと撮って退散しました。
創建は仁和3年(887年)、当時の楊柳寺(現在の月照寺)の住職の霊夢に柿本人麻呂が立った為、調べてみると境内裏手の小塚に人麻呂の御霊が留まっている事が分かり祠を建てて祀ったのが始まりとのこと。
明石城築城の際に月照寺とともに現在地に移され、元和6年(1620年)には社殿が造営されました。
ちなみにこちらは柿本神社ですが、「人丸山」という山号の扁額が神門に掲げられています。
昔は「人丸さん」や「人丸神社」と呼ばれていたそうで、人丸というのも人麻呂から転じたという説があります。

兵庫県のおすすめ2選🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ




















































