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御厨神社のお参りの記録一覧
公式兵庫県 東二見駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年08月08日(金)3133投稿

明石市二見にある神社です。
二見ではいちばん大きな神社だと思います。
社号の石碑に「海上安全大漁祈願」と書かれていますので この日は港まで足を延ばしてみました。
600mぐらい 鳥居から港まで参道が続いています。
途中にちゃんとあるんですね 柱の門と燈籠が。
境内外もしっかり見てみるもんだと思いました。
さて境内に入るのですが 神門の前に鳥居その前に松の木があります。
ちょっと珍しいと思いました。
言い方は変ですが 松の門 一の鳥居 二の鳥居 神門 の順で その間隔がかなり近い。
2回目のお詣りで初めて気づきました。
本殿のお詣りをすませ 社務所で御朱印をお願いしました。
御厨神社さんは 御朱印もお守りも種類が多くて悩みます。
お守りはサンリオとコラボしてるのかなぁ。キャラクター多いです。

ネット情報です。
本殿は三社相殿で 『播磨鑑』には天満宮とあって 左天満天神(菅原道真) 中八幡宮(応神天王、神功皇后) 右牛頭天王を三社相殿に祀る とある。
往年の火災により 社殿と共に記録文書を消失し創立の年月は不詳。
社伝によると 神功皇后の西征の際 この二見浦に船を泊めて船子を加え兵糧を集めた時 土地の者が食物を奉ったところという。
その事故によって御厨(神饌を調進する所)の名が起った・・・。
だが この御厨という言葉は 主として伊勢神宮について使用されることから 伊勢神宮の荘園ではなかったかとの説もある。
貞観年間(859~877)に八幡宮を勧請。
延喜元年(901)菅原道真が筑紫大宰府に左遷されて西行の途次 船をこの浦に寄せて社地に上陸した所縁により 寛和年中(985~987)に天満宮を勧請。
この当時の社地は君貢神社(二見町東二見1)付近と伝え 菅原道真が西下の時 一夜の宿とした岡を“仮寝の岡”といい そこに手植えした松を“仮寝の松”として神木とされ 二見の名所であった。
松は枯れたが石碑は残っている。
しかし 菅公が休息したのは現在の社地であるという説もあり 鳥居の傍らの松に“菅公腰掛松”というものがあったといい また菅公が右大臣であったところから 大臣の唐名・丞相を冠して地名とした丞相谷は現社地の南方にある。
以上の説はともかく 現社地が卯ノ花ノ森に移ったのは長暦年間(1037~1040)と伝えられる。
卯ノ花ノ森は常盤木の森ともいい 付近一帯を御社の岡と呼ぶ。
土地柄から船頭や回船業者など海運関係者の尊崇が厚く 拝殿内に帆前船の絵馬と模型が奉納されている。
境内社も含め 兼務神社は十数社にのぼる。

御厨神社(兵庫県)

立派な社号の石碑がありました

御厨神社(兵庫県)

参道は海まで続きます 両サイドは燈籠

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ミラバル
ミラバル
2025年03月14日(金)167投稿

今年2回目の御厨神社へ参拝です。

御厨神社の御朱印

通常の御朱印です。

御厨神社の御朱印

限定の御朱印です。
他にも様々な限定の御朱印があります。

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ミラバル
ミラバル
2025年12月28日(日)167投稿

過去の参拝記録になります。
初めて参拝した時の記録です。

御厨神社の御朱印

直書きの御朱印には何か一言追加していただけるとの事でちょうど退院した後だったので"健康"と記入していただきました。

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四季
四季
2023年01月02日(月)559投稿

播州明石二見 御厨神社

元旦限定御朱印

御祭神 神功皇后
    応神天皇
    素盞鳴命
    菅原道真公

4世紀頃、神功皇后が三韓出兵の際に二見浦に船を寄せ兵糧を集めたことから御厨(みくりや)との神名が付けられたと伝わります。
9世紀後半に八幡宮を勧請し、10世紀後半には菅原道真公がお立寄りになったことから天満宮も勧請されています。
境内にはこの伝説を伝える碑や、天満宮ゆかりの霊牛神社があります。
また、紅梅と白梅の梅林があり2月頃には美しい花々が境内を彩ります。

~明石観光協会 及び
二見校区・まちづくり協議会~

御厨は、「御」(神)「厨」(台所)の意で、神饌を調進する場所のこと。本来は神饌を用意するための屋舎を意味する。御園(みその、みそのう)=
神功皇后や菅公への兵糧調達できるほどの裕福な地域であったと以前に年配の方から教えて頂いたことがあり、地域をゆっくり歩いてみるとなんとも穏やかになれる場所と感じます。
例大祭と元旦にお参りすることができて、地域の方々のみならず(遠方からのナンバープレート)厚い信仰心・大切に思われる様子と
日没後も途切れることのない参拝の方々の列に人気ぶりがわかりました。
ありがとうございました。

明石市東二見町東二見1323

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きどっち
きどっち
2022年11月04日(金)1507投稿

山陽電鉄「東二見駅」から西へ徒歩で10分もかからないところに鎮座。

前回お参りさせていただいたのは昨年4月の桜のきれいな頃でしたが、秋の澄んだ空気の境内もまた落ち着いててとても居心地がよかったです。
梅の名所でもあるので、来年の春にはまた違った景色を楽しみにお参りしたいと思います。
今回はちょうど七五三詣も始まり、拝殿内には何組かご家族でご祈祷を受けておられました。
お詣りされたお子様が健やかに成長されるとよいですね。

社伝によると、4世紀頃、神功皇后が三韓征伐の際に二見浦に船を停め、兵糧を集められたことから御厨(みくりや)という神名が起こったと伝えられています。
貞観年間(859~877年)に八幡宮を勧請、延喜元年(901年)菅原道真公が大宰府に左遷される際に立ち寄られたことから天満宮も勧請。
応神天皇・菅原道真・素蓋鳴命をお祀りする三社相殿となっています。

元は東二見の東のほうにある君貢神社だったそうですが、長暦年間(1037~1040年)に卯ノ花ノ森と呼ばれる現在地に遷座されました。

ちなみにこの御厨神社は古代、伊勢神宮の荘園であったという伝承もあるようです。

御厨神社の御朱印

秋祭り御朱印

御厨神社の鳥居

一の鳥居、二の鳥居、随身門
鳥居前の松の木が左右に広がって迎え入れてくれます

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四季
四季
2022年10月23日(日)559投稿

播州明石二見 
御厨神社 秋祭り限定御朱印

御祭神 神功皇后
    応神天皇
    素盞鳴命
    菅原道真公

4世紀頃、神功皇后が三韓出兵の際に二見浦に船を寄せ兵糧を集めたことから御厨(みくりや)との神名が付けられたと伝わります。9世紀後半に八幡宮を勧請し、10世紀後半には菅原道真公がお立寄りになったことから天満宮も勧請されています。境内にはこの伝説を伝える碑や、天満宮ゆかりの霊牛神社があります。また、紅梅と白梅の梅林があり2月頃~4月まで美しい花々が境内を彩ります。

御厨神社の秋祭
御厨神社のクライマックスである秋祭りには、二見あげての神幸式と屋台練りが行われ、二見全域から氏子や村人たちがたくさん集まり、とても活気に満ちた賑わいをみせる大祭であります。 神輿渡御式が本宮の正午から行われ、神主が「神遷しの儀」をすませると、聖天子が現れたとき、奇しくも出現するという鳳凰の姿をかたどった神聖な御神鳥を神輿の上にさします。

~明石観光協会 及び
二見校区・まちづくり協議会~

泉(いずみ)明石市長や西村大臣の出身地で、魚住住吉神社と共にお二人ともお祭りには参拝されることで有名です。西村大臣は今回はご多忙につきご不在でしたが、大臣秘書さまにご挨拶させて頂きました。

明石市東二見町東二見1323
アクセス方法
山陽電車「東二見駅」西へ徒歩10分  
駐車場
ホームページ
http://mikuriyajinja.or.jp/

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