なかやまでら|真言宗中山寺派大本山|紫雲山
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今日は夫婦で休みを合わせて、宝塚の中山寺さんへお参りに行ってきました。
それにしても今日もすっごく暑い!48歳の中年の体には堪える日差しだったけど、夫婦で境内を歩きながら「七福神めぐり」をコンプリート。スタンプラリーみたいで、いい大人が結構ムキになって楽しんでしまいました(笑)。
気になっていた「星降りの梵天さん」の雰囲気にも触れられたし、我が家の大切な家族だったペットの供養碑にも手を合わせることができて、胸のつかえがすっと下りた気がします。最後は水掛け地蔵さんにしっかり水を掛けて、涼をいただきながら家族の健康をお願いしてきました。
とにかく暑かったけれど、夫婦揃っていい汗をかきながら、たくさんのパワーをいただけた最高の休日になりました!
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紫雲山中山寺🪷
手入れされた蓮の鉢がありました🪷🙏✨
中山寺cafe 明月記 で、ランチをしました
山号 紫雲山
宗旨 真言宗
宗派 真言宗中山寺派
寺格 大本山
御本尊 十一面観世音菩薩(重要文化財)
開基 聖徳太子
別称 中山観音
札所
西国三十三所第24番
真言宗十八本山第4番
摂津国八十八箇所第69 - 71番
摂津国三十三箇所第1番
聖徳太子霊跡第26番(開山堂)
近畿三十六不動尊霊場第21番
川辺西国三十三箇所第1番
西国七福神(寿老人)
中山寺山内七福神
神仏霊場巡拝の道第80番(兵庫第15番)
#石の櫃(いしのからと)
中山寺古墳は、第14代仲哀天皇の先后である「大仲姫(おおなかつひめ)」の墳墓と伝えられています
中山寺古墳
南面する両袖式の横穴式石室で、石棺を安置する。
玄室は、長さ5.5m、巾2.4m、高さ3m、
羨道は長さ8.5m、巾約1.2m、高さ約2m
巨石で造られてあり、建造年代は、六世紀後半頃と考えられ、
古墳時代後期に、この西摂地方に勢力をもっていた豪族の墳墓と考えられています
西摂平野の縁辺に数多い古墳中、後期古墳の著例として貴重な文化財です
中山寺塔頭 #華蔵院 💜ありました♡道標💜
#町石(ちょういし)
室町時代の永正14年(1517年)に、山城国(現在の京都府南部)の中山寺参道に立てられたものです。
銘文から、親族を供養する意図で建立されたことがわかっています。
江戸時代の天和3年(1683年)、「相本坊祐慶」という人物によって、巡礼街道沿いの道標として現在の場所付近に再利用されました。
(正)正面:永正十四年 丁丑 八月十八日:永正14年(1517年)8月18日に作られたことを示しています
六丁山城国修□院為六親:京都(山城国)の人物が、親族(六親)の供養などのために深く関わっていることを示しています
石大工 春政:この石造物を作った職人の名前です。
(右)右側面:建主 椙本坊祐慶:この石造物を建てた施主(発起人)の名前です。(左)左側面:天和三年十一月十八日:天和3年(1683年)11月18日。のちに追記されたか、再利用された日付と考えられます。
(背)背面:右ハきよ水:「右は清水(清水寺方面)」を指す道案内です。
左ハひやうご 道:「左は兵庫(兵庫・神戸方面)道」を指す道案内です。
同じ年代に作られた町石は、近隣の川西市や伊丹市の寺院にも残されています





今日はこの時期にしては暖かくて、御朱印巡りにはありがたい気温でした^ ^
山号》 紫雲山 (紫雲山 中山寺)
この辺りでは"中山さん"で👌^ ^
【中山寺HPより一部抜粋】
聖徳太子開創の古刹、中山寺は中山觀音とも呼ばれ、西国三十三ヶ所、近畿三十六不動尊、真言宗十八本山等の霊場でもある
御本尊の十一面観世音菩薩は毎月18日に
開扉され、安産や子授けの観音様として、
たいへん多くの信仰をあつめています
関白 豊臣秀吉もこの紫雲山に祈願し
秀頼公を授かりました^ ^ 現在の伽藍は
秀頼公が感謝の意を込めて再建した桃山時代の代表的な仏堂建築群として知られている
長い歴史を持つ中山寺では、出産の無事安泰を祈願する安産の腹帯を[鐘の緒]と称して授与し、戌の日に執行される安産祈祷会は
全国から訪れる参拝者で賑わっています
兵庫県のおすすめ🍉

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