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楽しみ方八雲神社のお参りの記録一覧
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前回は山越郡長万部町にある飯生神社に行ってお参りをしました
神社をあとにしたのは午前10時20分ころだったのですが、次なる目的地の八雲町には午前11時頃に到着予定です
予定通りに午前11時に八雲町に着いたのですが、ここで先に神社に行くか少し早いお昼ごはんを
食べるかちょっとだけ迷ったのですが・・・結果的には先にお昼ごはんを頂きました
理由は簡単で個人経営のカフェだったからです
お腹を満たしてから八雲神社に足を運ぶのですが、お初で行く神社だったのですが駐車場の場所が
解り難く鳥居脇にあった案内図の場所に車を止めたのですが、お参りをするのに拝殿まで歩いて行くとすぐ近くにまた別な駐車場がありまして
鳥居を抜けてからお参りをする方にとってはかなり歩く神社ですね
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渡島半島南部㉑ラスト『八雲神社』で暗闇参拝。全国で唯一『熱田神宮』御分霊をいただく神社。コロナ渦で御朱印の拝領は諦め、日没後でもお参りできるだけで大満足と最後に向かいましたが… 本殿前に到着した時にお参りしていた女性がしばらく狛犬に小声で語りかけていたので、暗闇の中を離れて順番待ちをすることに (;゚Д゚)!! 霊験あらたかな雰囲気に加え、色々と怖さも感じた秋の参拝でした。
《御由緒》 旧尾張藩主従一位徳川慶勝公(侯爵)は、明治10年より旧尾張藩氏族授産と北方防備の必要性から、北海道遊楽部川流域に地を定め開拓事業に着手。自らこの地を「八雲」と名づけ巨費を投じて理想郷の建設に力を尽くした。明治17年、移住者の精神的拠り所として社殿建設。同12月村社列格。明治20年に故郷熱田神宮に御分霊願を出願、御霊代は八雲神社に遷座し分社となる。熱田皇大神の御分霊を正式に許可されたのは史上八雲神社のみ。この裁可は明治新政府の創成にあたり、徳川慶勝公の功績を大とした明治天皇の特別の御計らいによるものと伝えられる。昭和6年郷社昇格。昭和9年徳川慶勝公合祀。昭和18年戦時下において陸軍飛行場建設のため移転、現在地へ遷宮。

《御祭神》熱田皇大神(あつたのすめおおかみ)
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)宮簀媛命(みやずひめのみこと)
建稲種命(たけいなだのみこと)徳川慶勝命(とくがわよしかつのみこと)


今日はウォーキングがてら、八雲町内の神社を巡りました。
最初に向かったのは八雲神社です。JR八雲駅から歩いて、八雲神社に到着しました。
参道の両側には木が立ち並び、そのはるか奥に拝殿が見えます。なんだか良い気が漂っている神社です。
ゆっくりと参道を歩いていき林が途切れると拝殿の手前に狛犬が鎮座していました。
右側にある社務所の前には何か貼り紙がありました。読んでみると……。
「当分の間、御朱印はお断りします」
ちょっとショックでした。もしかするとコロナのせいでしょうか。八雲町でも先月末に感染者が出ていますから……。
でも目的は御朱印でなく参拝です。御朱印はあくまでも参拝の記念ですから……。そう自分に言い聞かせて、しっかりと参拝しました。
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