やくもじんじゃ
八雲神社
北海道 八雲駅
函館復路『八雲神社』参拝
旧尾張藩主従一位徳川慶勝公との御縁から、熱田皇大神の御分霊を正式に許可された唯一の神社~昨年は暗闇の中を怯えつつ参拝(;^ω^)今年は明るいうちに伺えました。とにかく参道が長い、、真っ暗に近い状況で歩いた去年の自分にビックリ!!
社務所のインターホンを押しても反応がなく、御朱印はやはり再開されていいない様子。「ご自由に~」と置かれた御由緒書きのみいただきました。
素麺束に見えて仕方がなかった、、立派な注連縄😊
綺麗な絵馬が掛かっていました✨
《本殿》
御祭神~熱田皇大神、天照皇大神、素盞嗚尊
日本武尊、宮簀媛命、建稲種命、徳川慶勝命
本殿から見た参道~とにかく長く真っ直ぐ続く😅
狛犬さんの向こうには、右に神輿殿と左側に社務所。
本殿の奥には土俵があります😊
クルクルの巻き毛系残し狛犬さん♪
御由緒
《手水舎》 夜に見た時とは雰囲気が違います
とにかく長い参道💦
《社号標》
渡島半島南部㉑ラスト『八雲神社』で暗闇参拝。全国で唯一『熱田神宮』御分霊をいただく神社。コロナ渦で御朱印の拝領は諦め、日没後でもお参りできるだけで大満足と最後に向かいましたが… 本殿前に到着した時にお参りしていた女性がしばらく狛犬に小声で語りかけていたので、暗闇の中を離れて順番待ちをすることに (;゚Д゚)!! 霊験あらたかな雰囲気に加え、色々と怖さも感じた秋の参拝でした。
《御由緒》 旧尾張藩主従一位徳川慶勝公(侯爵)は、明治10年より旧尾張藩氏族授産と北方防備の必要性から、北海道遊楽部川流域に地を定め開拓事業に着手。自らこの地を「八雲」と名づけ巨費を投じて理想郷の建設に力を尽くした。明治17年、移住者の精神的拠り所として社殿建設。同12月村社列格。明治20年に故郷熱田神宮に御分霊願を出願、御霊代は八雲神社に遷座し分社となる。熱田皇大神の御分霊を正式に許可されたのは史上八雲神社のみ。この裁可は明治新政府の創成にあたり、徳川慶勝公の功績を大とした明治天皇の特別の御計らいによるものと伝えられる。昭和6年郷社昇格。昭和9年徳川慶勝公合祀。昭和18年戦時下において陸軍飛行場建設のため移転、現在地へ遷宮。
《御祭神》熱田皇大神(あつたのすめおおかみ)
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)宮簀媛命(みやずひめのみこと)
建稲種命(たけいなだのみこと)徳川慶勝命(とくがわよしかつのみこと)
真っ暗な参道😣
ものすごく長いので怖がりじゃないけど怖かった👻
『狛犬さん』熱心な信者がいるみたいです
『扁額』
『手水舎』
『一ノ鳥居』
『社号標』
今日はウォーキングがてら、八雲町内の神社を巡りました。
最初に向かったのは八雲神社です。JR八雲駅から歩いて、八雲神社に到着しました。
参道の両側には木が立ち並び、そのはるか奥に拝殿が見えます。なんだか良い気が漂っている神社です。
ゆっくりと参道を歩いていき林が途切れると拝殿の手前に狛犬が鎮座していました。
右側にある社務所の前には何か貼り紙がありました。読んでみると……。
「当分の間、御朱印はお断りします」
ちょっとショックでした。もしかするとコロナのせいでしょうか。八雲町でも先月末に感染者が出ていますから……。
でも目的は御朱印でなく参拝です。御朱印はあくまでも参拝の記念ですから……。そう自分に言い聞かせて、しっかりと参拝しました。
社号標と鳥居
参道
手水舎
狛犬と拝殿
御朱印お断り
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