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おおたじんじゃ(はいでん)

太田神社(拝殿)のお参りの記録一覧
北海道 鷲ノ巣駅

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ぱん吉🍀
ぱん吉🍀
2021年11月12日(金)1144投稿

日本一険しい神社へ(1) 道南五大霊場の一つ『太田神社』北海道最古の山岳霊場。
御祭神の猿田彦大神様には拝殿での参拝。本殿への道程は厳しく第一関門の階段で撤退となりましたが、ここに立つだけで充分に太田山神仏習合の力を感じられる場所でした。(本殿の詳細は、御朱印と一緒に久遠神社さんよりいただいた新聞記事と説明書に!)

北海道の日本海側〜海を見ながら南下すると、左側に太田山と山麓の白い鳥居『本殿入口』が現れます。そこから600m程先のトンネル入口右側に『拝殿』『定灯籠(じょうとうろう』『円空仏保管施設』があります。

①太田神社 本殿・拝殿
嘉吉年間(1441~1443)の創建と伝えられる。享徳3年(1454)若狭国から渡米した武田信廣公が太田に上陸した際に太田権現の尊号を贈る。宝永元年(1704)越前国正光寺の僧空念が太田山に参詣し観音経を奉納、文政元年(1818)洞窟内に小祠が建立され銅製の不動明王ほか2神が奉斎された。更に文政10年にはある僧が太田に来村し大和国吉野蔵王権現の事跡を写して銅製の不動尊像を併せて祀り太田権現として小祠を建立している。天保12年(1841)太田山に大日堂が建立され、嘉永元年(1848)頃には山僧宗倹(定山法印)が別当として居住する。慶応3年(1871)太田山麓に拝殿が造営され大日如来が安置される。明治5年に太田権現の仏像仏具を廃し太田神社と改称し猿田彦大神を祀る。明治9年には村社に列せられる。明治27年、拝殿を改築し拝殿前面に社務所を新築する。これまでに崇敬者により写経や仏像などが多数寄進されていたが、大正11年、洞窟内に参籠していた修験者の失火が原因で本殿が焼失、この時貴重な資料や円空仏も灰燼に帰してしまった。翌12年本殿階段を修繕するが、大正14年、大時化《しけ》のため階段が破損流失する。昭和12年本殿の階段の修繕、大鳥居の建替えが行われる。同38年開発道路工事のため拝殿と社務所を新たに造営、50年には女人遙拝堂を、翌年には本殿を改築している。(北海道神社庁HPより)

②円空仏堂(円空仏保管施設)
美濃の僧・円空上人は、寛文6年(1666年)太田山に参籠し、行のかたわら太田山の岩窟内で木を使い数多くの仏像を彫りました。また、甲斐の国の僧・木喰上人も安永7年(1778年)この地を訪れて、円空仏の宗教的かつ芸術的崇高さに感動し、自らも仏像を作ったといわれています。二人の僧が作った数多くの仏像は、その後の火災等により焼失・紛失してしまいましたが、円空ゆかりの地、岐阜県丹生川村の円刀会がせたな町大成区の杉材を使って復元したものが太田神社拝殿の近く、円空仏保管施設に3体展示されています。(せたな町HPより)

③定灯籠(じょうとうろう)
1857(安政4)年に建設された道内最古の「定灯篭」を1988(昭和63)年に復元したものです。高さ1.2m、幅40cmの青銅製で、定灯篭の形はどの方角から見ても「太田」という文字になっています。「太田神社」灯篭の向こうに沈む夕陽は、海の色と相まってとても幻想的です。(檜山振興局産業振興部商工労働観光課HPより)

太田神社(拝殿)の鳥居

拝殿の鳥居 
本殿も拝殿も神々しい雰囲気の白い鳥居がお出迎えくださいます

太田神社(拝殿)のその他建物

定灯籠(じょうとうろう) 
どの方角から見ても「太田」という文字になっている
(写真が下手でわかりにくい… 残念)

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