ほうこくじんじゃ
豊国神社
広島県 広電宮島口駅
開門:8:30~16:30
【令和三年十一月十一日参拝】
【神社名】豊国神社《厳島神社境外末社(重要文化財)》
【御祭神】豊臣秀吉霊神・加藤清正霊神
【由 緒】豊臣秀吉公が、千部経読誦するために天正十五年(1587)に発願し、安国寺恵瓊に命じ建立した本瓦葺き入母屋造りの大経堂。
秀吉公没後は、天井の板張りや建造物の外構など完成を見ないまま現在に至る。
明治5年に秀吉霊神を祀り豊国神社と改称した。
経堂は「千畳閣」とも呼ばれている。
大正7年宝山神社の祭神加藤清正霊神を合祀する。
【御社殿】桃山期の豪壮な建物で、桁行正面十三間、背面十五間、梁間八間、一重、本瓦葺、入母屋造り、楠材二重椽を廻らしてある。
【例祭日】9月18日
〜厳島神社HPより〜
宮島に着いて、朝昼兼の食事をして、一番最初に参拝したのが豊国神社でした。
こちらは、何回か参拝してるのですが、昔はご朱印を集めてなかったので、今回初めてご朱印を頂きました☺️
道中、あなご寿司のキャンペーンレディーの鹿さんに出会いました😄
とってもキレイな顔立ちをしています✨🦌✨
撫で回していると、甘々な表情に🥰カワイイ💕🦌💕
宮島の鹿さんはモフり放題なので、参拝前に、ここぞとばかりにモフっておきました✌️😄
豊国神社に到着✨⛩️✨
スゴイ迫力の鬼瓦さん👹
境内にも鹿さんが…✨🦌✨
中にある本殿でお参り✨🙏✨
沢山の奉納された絵等に圧倒されて、内部の全体像を撮り忘れるという、うっかりミス発生😱💦
沢山撮ったけど、全部は撮りきれないので、ここらへんで諦めました😅
干支の方位盤
鐘とチラ見えしてる五重塔
紅葉し始めた銀杏の木がキレイでした✨
この木の下に、仲睦まじいご夫婦がいて、ニコニコ楽しそうにお話ししてて、幸せのお裾分けを頂いた様な気がして、ほっこりしました😊
豊国神社の中から見える✨五重塔✨
近くてキレイに撮れるので、撮影スポットとしても、オススメですよ✨😄👍✨📸✨
下に降りた所にあったソテツっぽい木✨🌴✨
気になったので📸
説明文があった気がするけど、撮り忘れました😅
周りに支えはあるものの、何だか力強い感じがして、好きでした😍
次行ったら、また見てみようと思います☺️
宮島③いつ久島神社の裏手を廻りながら到着。裏手から入り裏手から出たので鳥居を潜りませんでした。そのため神社感は感じられずお寺に来た感じが否めません。(実際、もともと神社として建造したわけではないので当然鴨かも)御祭神は豊臣秀吉と加藤清正、加藤清正は私が神社巡りを始めたきっかけをくれた熊本の加藤神社の御祭神でもあるので、特別な想いがあります。昇殿料を払い中に入ることが出来ます。中は絵馬殿かお寺の本堂の雰囲気ですが、未完のままの状態ということで、素朴感も又良い感じ。中から時間があればお茶などをすすりながら風景を愛でていたい!こちらでもすらすらっとられた手つきで御朱印を戴きました。年間何十万もの参拝者を相手にするので皆さん手が早いのでしょう。
五重塔(国重要文化財)応永十四年(1407)建立。高さ27.6m 内部は公開されてはいないのが残念
本殿(国重要文化財)元は大経堂(仏堂)明治の神仏分離令により仏像は大願寺に移し豊国神社本殿となった
千畳閣から厳島神社を望む
天井の梁はむき出しです。豊臣秀吉が天正15年(1587年)に戦没者の供養のために発願した建物であり、秀吉が毛利輝元に命じて建立させ、実際の建築の指図は安国寺恵瓊によって行われた。鬼瓦には天正17年(1589年)の銘を有するものがあり、この頃までには建物の形ができていたと思われるが、その頃、秀吉が朝鮮への出兵を決意したことにより建築工事は中断し、細部の造作は未完成のまま今日に至っている。
拝殿(須弥壇)(国重要文化財)元は仏像が安置されていた
奉納絵馬が沢山あります
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