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もりんじ|曹洞宗青龍山

茂林寺のお参りの記録一覧
群馬県 茂林寺前駅

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高砂あさっぴー
高砂あさっぴー
2025年03月15日(土)1503投稿

館林市堀工町にある曹洞宗のお寺。
つつじの館林七福神の大黒天が祀られています。
館林の代表的な観光スポットで昔話分福茶釜のお寺がここになります。代々の住職に仕えた老僧守鶴は幾ら湯を掬っても湯が減らない不思議な茶釜を持ち込んだと言います。その守鶴の正体は人に化けた狢だったという伝説がありそこから作家の巌谷小波が書いた作品が分福茶釜です。そのため館林の町の至る所にタヌキの置物が置かれていて公式キャラクターのぽんちゃんもタヌキがモチーフになっています。
茅葺き屋根の本堂は本当に昔話に出てきそうな見た目をしています。また参道や守鶴を祀る守鶴堂には沢山のタヌキの置物がどれも個性的で色々見てしまいます。大きな赤門も少し変わっていて普通これほど大きいと仁王像が祀られていますが門の下にはベンチが置かれています。
本堂の拝観や授与品の購入に関しては花水木がお休みとのこと。リサーチ不足で火曜日に来て御朱印は頂けませんでした。それでも十分すぎるほど楽しめるお寺です。
そして忘れてられないのが館林が舞台のアニメ「宇宙よりも遠い場所」の聖地として登場していること。主人公キマリとめぐっちゃんが赤門のベンチで会話しているシーンがあったり本堂、参道のタヌキ、守鶴堂なども描かれています。茂林寺とコラボしたキャラクター達がタヌキのパーカーを着たイラストはお寺や茂林寺前駅に貼られています。キマリが持っている分福の御朱印もお寺が開いているときは頂けますよ。

茂林寺のその他建物

寺院前の通り

茂林寺の山門・神門

黒門

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かおり
かおり
2024年12月10日(火)1801投稿

茂林寺は、室町時代中期の1426年(応永33年)に美濃国の大林正通禅師により開山。1468年(応仁2年)に青柳城主赤井正光(照光)が帰依し寺領8万坪を寄進し伽藍を建立した。

山門に入るまでに迎えてくれるはタヌキたち。
素晴らしい。
山門、本堂と茅葺屋根が歴史の重みを感じさせる。
というよりも、東京、神奈川などと違い、空襲がなかったことを知るのである。
タヌキの寺としても有名であるが、広い庭は丁寧に保管され、感動する。

当山は分福茶釜の寺として知られております。寺伝によると、開山大林正通に従って、伊香保から館林に来た守鶴は、代々の住職に仕えました。  元亀元年(1570)、七世月舟正初の代に茂林寺で千人法会が催された際、大勢の来客を賄う湯釜が必要となりました。その時、守鶴は一夜のうちに、どこからか一つの茶釜を持ってきて、茶堂に備えました。ところが、この茶釜は不思議なことにいくら湯を汲んでも尽きることがありませんでした。守鶴は、自らこの茶釜を、福を分け与える「紫金銅分福茶釜」と 名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、 開運出世・寿命長久等、八つの功徳に授かると言いました。 その後、守鶴は十世天南正青の代に、熟睡していて手足に毛が生え、尾が付いた狢(狸の説もある)の正体を現わしてしまいます。これ以上、当寺にはいられないと悟った守鶴は、名残を惜しみ、人々に源平屋島の合戦と釈迦の説法の二場面を再現して見せます。  人々が感涙にむせぶ中、守鶴は狢の姿となり、飛び去りました。時は天正十五年(一五八七)二月二十八日。守鵜が開山大林正通と小庵を結んでから百六十一年の月日が経っていました。

寺の伝説では、こうなっている。
まんが日本昔ばなしなどとは、ちょっと違っているようだ。

この分福。福を分ける、という意味らしい。
舘林は、街の中、至る所、タヌキの像があった。
茂林寺参道の土産屋さんに聞くと、山がないから熊は出ない。その代わり、タヌキは沢山出る、とのことであった。

そして、ぶんぶく茶釜のお話しには、小僧さんが沢山出て来るのだが、ここの寺の敷地、本堂、庫裏の大きさからすると、江戸時代までは禅宗の修行寺としてにぎわっていたのではないか、という気がする。

しかし、風が冷たい。空っ風がキツイ。
と、文句を言う私の前を1匹の生きたタヌキが案内を

ニャー。おミャーさんは文句ばっかり言ってないで、有難いということを覚えるんだミャー。

きっと、ここにいるのは福を分けに現れたタヌキの化身なのだろう。

からっ風 感謝祈願ミャ 茂林寺よ

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malice
malice
2024年12月09日(月)773投稿

★群馬•栃木編①★
 寺社巡りとはまったく無縁だった頃。
昔話『分福茶釜』を読んで行ってみたいと思っていた茂林寺様へ行って来ましたぁ😆

もう狸様だらけ🦝
御本堂の北側に宝物館?もあり、分福茶釜も観られるので入りたかったけど、この日はまわる所が沢山あったので諦めました😣

【茂林寺】

曹洞宗の名刹、青龍山茂林寺は、その開山を大林正通としています。 正通は美濃国土岐氏の出目で、華叟派の祖、龍泰寺開山華叟正蕚の法嗣でした。

 寺伝によると、正通は諸国行脚の折、上野国に立ち寄り、伊香保山麓で守鶴と出会います。この守鶴は、のちに茂林寺に分福茶釜を持ち込んだ老僧です。
 応永三十三年、正通は守鶴を伴い、館林の地に来住し、
小庵を結びます。

 応仁二年、青柳城主赤井正光(照光)は、正通に深く帰依し、自領地の内八万坪を寄進し、小庵を改めて堂宇を建立し、青龍山茂林寺と号しました。正光(照光)は、 自ら当山の開基大檀那となり、伽藍の維持に務めました。
 大永二年には、後柏原天皇から勅願寺の綸旨を賜ります。
 寛永十九年(1642年)には、三代将軍徳川家光より二十三石四斗余の朱印を下賜されております。

ー茂林寺HPよりー

茂林寺の周辺
茂林寺の周辺

☆茂林寺前駅☆

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