せらたとうしょうぐう
世良田東照宮群馬県 世良田駅
9時~16時半(4~10月)、9時半~16時(11~3月)
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楽しみ方

日光東照宮参拝の翌日に世良田東照宮へ参拝報告⛩
徳川家康公のご先祖様であらせられます
新田源氏の祖、新田義重公の四男義季公は
この世良田の地を賜り、世良田義季と改名。
後に世良田地区の得川郷に居を構えると得川姓を名乗り
得川義季となりました。
(現群馬県太田市徳川町辺り)
徳川家康公は当時三河を平定し、権威づけのために
朝廷から徳川の姓を賜り、源氏の嫡流である事を
示すために得川氏と徳川氏を結びつけたのではないか?
との見方もございますが、事実にしてしまった
その権力は絶大ですよね🌈
いずれにせよ家康公が望んだ事なので
真実でいいのではないでしょうか🤗
家康公亡き後、南光坊天海は日光東照宮の隣り
輪王寺と世良田東照宮の隣り長楽寺の
住職をしておりましたので日光から世良田へ
一部の社殿を移設し、現在に至っております。
日光と世良田を参拝したのだから
久能山へもお参りしないとですね🤗
寛永16年(1639)天海大僧正は徳川家康公から御下命されていた長楽寺を臨済宗から天台宗へ改宗復興。三代将軍家光公は先祖の遺徳と当地方の守護神として、二代将軍秀忠公造営の日光東照宮奥社(神廟=多宝塔 ・唐門・拝殿)を移築。本殿は新築し、東照宮を勧請された。同21年(1644)10月11日には正遷宮が盛大に斎行され、同年12月には群馬県下の神社でも高禄の200石の御朱印が寄せられた。以後、大小15回による社殿の修復は幕府の財政により賄われて来、世に 「お江戸見たけりゃ世良田へござれ・・・」と俗謡を生んだ。[当神社HP由緒より]
| 住所 | 群馬県太田市世良田町3119-1 |
|---|---|
| 行き方 | 東武伊勢崎線「世良田駅」より徒歩15分 |
| 名称 | 世良田東照宮 |
|---|---|
| 読み方 | せらたとうしょうぐう |
| 参拝時間 | 9時~16時半(4~10月)、9時半~16時(11~3月) |
| 参拝にかかる時間 | 45分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり 右下に徳川氏発祥の地の印と葵の紋の印が押された御朱印です。
|
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり 〇お書入れ
|
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0276-52-2045 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.net-you.com/toshogu/sp/ |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| 全国東照宮連合会 第10番 |
|---|
| ご祭神 | 《主祭神》 徳川家康 《合祀神》 速須佐之男命 火雷神 伊弉冊命 誉田別命 大山祇命 埴安姫命 倉稲魂命 八将神 火産霊命 建御名方命 埴安彦命 菅原道真 市杵島姫命 中筒之男命 磐筒男命 豊城入彦命 疱瘡神 大穴牟遅命 磐筒女命 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 寛永二十一年(1644年) |
| 創始者 | 徳川家光 |
| 本殿 | 一間社流造 |
| 文化財 | 〇国指定重要文化財
|
| ご由緒 | 寛永16年(1639)天海大僧正は徳川家康公から御下命されていた長楽寺を臨済宗から天台宗へ改宗復興。三代将軍家光公は先祖の遺徳と当地方の守護神として、二代将軍秀忠公造営の日光東照宮奥社(神廟=多宝塔 ・唐門・拝殿)を移築。本殿は新築し、東照宮を勧請された。同21年(1644)10月11日には正遷宮が盛大に斎行され、同年12月には群馬県下の神社でも高禄の200石の御朱印が寄せられた。以後、大小15回による社殿の修復は幕府の財政により賄われて来、世に 「お江戸見たけりゃ世良田へござれ・・・」と俗謡を生んだ。[当神社HP由緒より] |
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