かねみねじんじゃ
金峰神社のお参りの記録一覧
「かねみねじんじゃ」です。
藤原高光公による妖魔退治の伝説がある高賀六社のひとつ。
退治した妖魔を追ってきた藤原高光が、この地でその形を確認した事からこの辺りを片知(かたぢ)というようになったと書かれていました。
山岳信仰で高賀山(こうかさん)を中心に修験道場のひとつとして、今でも六社巡りをする人が多いそうです。
ちょうど地元の人が話を聞かせて下さり、自分たちも六社巡りに行くんだとおっしゃっていました。
本当はもう少し奥にある神社にも行きたかったのですが今回は他にも予定があったので断念、またの機会に行きたいです。
色々なネット情報を見ると「きんぶじんじゃ」となっている所が多いのですが、岐阜県神社庁とパンフレットの表記は「かねみねじんじゃ」です。
修験道の中心が大和の方だったことも関係しているんですかね。
吉野の金峯神社から名をつけたとありますが、こちらは読みは「かねみね」のようです。
目印になってる自由の女神像。ここを曲がったらひたすらまっすぐ行くだけです。
<鳥居>
<社号標>奥に見えるのは社務所です。通常は誰もいません。
朱い鳥居の所はお稲荷さんだと思うのですが、この隣の石碑は何でしょうかねぇ。
「藤原康久之碑」とありますが誰なんだろ。
<灯篭>
<手水舎>
<拝殿>
<由緒書>
<賽銭箱>
<拝殿>
<扁額>
<拝殿>
<渡り殿・幣殿・本殿>
<狛犬>
<狛犬>
お話を聞かせて下さった方がパンフレットをくださいました、嬉しい!
投稿漏れですね。六社めぐりですね。そうでもなければまずいかないですね御朱印もないし。
めちゃくちゃ雰囲気はあります。魔物退治しそうですね。
(片知山の麓にある金峰神社は、「高賀宮記録」によれば、瓢ケ岳に住み着いた妖魔を藤原高光が退治に来た時、最初に妖魔の正体を見て、その形を確認した場所とされている。(以後その山を形智山、後に片知山と呼ぶようになった。)
中世の高賀山一帯は、美濃国の霊山として多くの山伏たちが修行に来ており、片知の金峰神社も修験道の影響を受けている。吉野修験の本拠である吉野の金峰神社があるが、ここから名前をとってつけたものと言われている。
出典 http://www.horado.com/kouka/rokusya.html
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